紡げないあした

築けないみらい
Lily−0−
「明日かーなんかあっという間だなー」

そう、感慨深そうに、男が言う。
彼の目の前には、大きなお腹を抱えた女性が、一人。

「早く出て来ーい。パパが抱っこしてやるぞー」

女性の大きなお腹に向かってそう言う。

夫婦は、明日新たな家族を迎えようとしていた。

寝室には既にベビーベッドなどの多くのベビー用品が揃えられていた。
全て夫が買い揃えたものだ。
仕事帰りに、毎日毎日一つは買って来るものだから、妻は次第に呆れの色を出し始めた。
しかも、買って来るのは決まって女の子用のものばかり。

「あー早く会いてぇー。刹那に似て可愛い女の子なんだろうなー」

妻の腹に頬を擦り付ける。
そんな夫の発言に、妻はため息を吐いた。

「だから、まだ女と決まったわけじゃないだろう。産まれて来てからの楽しみにしたいと言った
のはお前だ」
「いーや、絶対女の子!ていうか、女の子がいい!」
「お前、それで男が産まれて来たらどうするつもりだ…」
「まぁ、男でもいいさぁ。俺達の可愛い子どもであることに変わりはないんだし」

そう言って、また頬を腹に付ける。
その顔は幸せに満ち足りていた。
夫の発言にまたため息を吐きつつも、妻もうっすらと穏やかな顔を見せた。


「ありがとうな、刹那」

腹から顔を離し、妻と向かい合って、そう言う。

「俺に家族、作ってくれて。ほんとに、ありがとな」

妻はふるふると首を横に振った。
夫が何よりも家族を愛し、そして家族を欲しがっていたのを知っていた。
けれど夫のその言葉に当てはまるのは自分も同じだった。

「それは、俺も同じだ。ありがとう、ニール」

幸せだった。
これからは三人で新しく幸せを作っていくのだ。
想像しただけで、心が満たされていく。
夫婦の間に新しい家族が誕生する朝がやって来た。

「じゃあ、行って来るな」

玄関で靴を履き、夫がそう言う。

「ごめんな、付き添ってやれなくて」
「仕事なんだ、仕方ない。それに、仕事が終わる方が先かもしれない」

初産は時間が掛かる。
分娩に時間を要すれば、その分夫が立ち会える可能性は高くなる。
妻のその言葉に、夫は嬉しそうに笑った。

「そうだな、期待してる」

妻も口元を緩ませた。

「いってくるぞー、頑張って出て来いよー」

お腹に向かって、そう言った。
愛おしそうに、胎児の眠る腹にキスを落とした。

夫は顔を上げると、妻にもキスを落とした。
触れるだけの、フレンチキス。

「仕事が終わったら父親だな」
「うん、すげー楽しみ」

夫は玄関の扉を開け、去り際に顔だけをこちらに向けた。

「行って来るな、刹那」
「あぁ、気を付けろ」

夫は笑って、光が射す朝の中に溶けていった。



それが、妻が夫を見た最期の姿だった。
彼が産まれて来た子どもを抱くことは、一度も叶わなかった。
09.09.04


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