※若干のグロ表現あり。 どんなに傷付いてもどんなに苦しんでも、思うことはただ一つ。 君を失いたくない。 君の名前−4− 「…ル、ニールっ!!」 名前を呼ばれ、意識が浮上する。 重い目を開ければ、視界に入ってきたのはひどく不安げな顔をしたダニエルだった。 「ダニ…エル…ぅっ…」 少し身を捩ったせいで、身体に痛みが走った。 ぐずり泣く声が聞こえる。 視線を動かせば、シリルが顔をぐしゃぐしゃにして泣いていた。 安心させたくて腕をなんとか伸ばし頭を撫でてやったけれど、効果はあまりないのだろうなと思う。 「なぁ、ソランは?あとあの男も…」 「…上に、いる…」 子ども達には、それぐらいしか言えなかった。 だが、ダニエルには充分だったようだ。 「ソラン…わかってたのかな…」 ぽつりとそう漏らすダニエルに顔を向ければ、泣きそうな表情を見せていた。 「アイツがここに来るってわかってたから…俺達のこと色んなとこに引き取ってもらってたのかな…」 「…そうかも、な…」 彼女の驚く様子からして、ダニエルの言ったことは正しくはないだろう。 けれど、それでダニエルが納得して、ソランが彼の中で悪い人間にならないのであれば、それでいいと思って頷いた。 「…なのに俺たち…ソランにひどいこと…」 そう言って涙を流し始めたダニエルの頭に腕を伸ばし、撫でてやる。 「大丈夫、だよ…。ソランは、大丈夫…」 そう言ってやれば、幾分安心したのか、流した涙をこすり、ダニエルはこくりと頷いた。 「ダニエル…」 「…なんだ?」 「頼みがある。…キッチンの床下とか、あと軒下…他にも物が隠せそうなとこ探ってくれないか」 「え、なんで…」 「たぶんどっかに、拳銃、あるだろうから…」 「拳銃って…そんなもん…」 「あるはずだ…。頼む、探してくれ…」 「……わかった」 武器が必要だった。 俺も商売道具は未だに持ってはいるが、生憎と自分の部屋だ。 二階に手ぶらで行くわけにはいかない。 ソランがソレスタルビーイングの人間で、昔少年兵だったなら、一つくらい護身用としてどこかに隠して所持して いるだろうという確信があった。 子ども達がいる以上目に付くところには決して置かない。 隠しておいてあるだろうと思った。 痛みに耐えながら身体を動かす。 たぶん、こんな身体では満足に戦えっこないだろう。 右肩は上がらない。 利き腕が使えない時点で致命的だ。 それでも。 それでも、みすみす彼女を、ソランを苦しませていることだけは絶対に嫌だ。 「ニールっ!あった!」 ダニエルが少し興奮した様子で戻ってくる。 仕方ないだろう、おそらく拳銃を直接見るのも触るのも初めてのはずだから。 ダニエルからそれを受け取り、弾を確認する。 六発。全部入っている。 丁寧に手入れもされている。 「…ぐっ」 ダニエルに肩を借りながら立ち上がる。 ずきんずきんと重苦しい痛みが襲った。 下を見れば、フローリングが自分の血で染まっていた。 「なぁ、大丈夫なのか?そんな身体で…」 「…大、丈夫だって…。心配すんな…」 笑顔をきちんと作れたかは自信がない。 ダニエルは相変わらず不安げな顔だ。 「…っニールぅ…」 シリルがしゃくり上げる。 くしゃりと、頭を撫でてやる。 この子達も、守ってやらなければいけない。 念のためダニエル達はまた部屋に篭らせた。 なんとか音を立てないよう、ソランの部屋の前までたどり着く。 この間にもソランがどんな目に合っているかなんて考えると、気が気でなかった。 「頼むから動くな」と、悲痛に歪んだ彼女の表情が頭をよぎった。 彼女の思いを無駄にすることになるけれど、でも、それでもソランを失いたくはなかった。 意を決し、部屋の扉を開ける。 視界に飛び込んで来たのは、破られた彼女の服と、ベッドの上で重なっている二人の姿だった。 「あん?なんだよ兄ちゃん、せっかくいいとこだったのによ」 アリーのひどく歪んだ笑顔に、腸が煮え返りそうになるのを、必死で抑えた。 熱くなったら、その時点で負けだと自分に言い聞かせる。 「…ール…!」 消えそうな声で、彼女が自分を呼んだのがわかった。 なんで来たんだとか、思っているんだろうな。 ごめん、と心の中で謝った。 アリーが動いてソランとの繋がりを失くす。 その瞬間彼女が唸ったことに、また怒りが沸いた。 「そんな身体でよく立ったもんだ。褒めてやるぜ。 でも馬鹿だ。どうせ死ぬなら、苦しまずに死ねた方がよかったろうよ!」 アリーがこちらに向かって来たのがわかったのに、身体は一切反応しなかった。 首を掴まれ、壁に押し付けられる。 「…っぁ」 「全くよ、家族の仇だかなんだか知らねぇけど、そういつまでも追いかけられちゃいい迷惑だ。 さっさと家族の元に行っちまえよ、兄ちゃん」 ぎり、とアリーが手の力を強め、首を締め付けた。 息が止まる。 力が抜けていった。 視界も、ぼやけてしまう。 あぁくそ、まだ何もしてねぇよ、俺。 こんなところで死ぬわけにはいかないんだ。 ソランに何も教えてもらってない。 ソランをちっとも守ってない。 彼女と別れるわけには、いかないのに。 「ニール!!」 瞬間、何かが弾けた。 彼女が自分の名前を叫ぶ声が、一気に覚醒を促す。 左手に持った銃をヤツの腕に向け、発砲した。 「ぐ…っ」 首からヤツの手が離れた一瞬の隙に、軋む身体を動かして真っ直ぐにソランの元へ走った。 「このガキ…!」 アリーが拳銃をこちらに向けたのと、俺がソランを背にしてアリーに向けて銃を構えたのは、ほぼ同時だった。 彼女をこれ以上アイツの視界に入れたくなった。 だから、アイツから隠すようにソランの前に駆け込んだ。 「ニール…っ」 震えた彼女の声が、耳に届く。 絶対に、奪わせない。 これ以上、この男に大事なものを持っていかれるわけにはいかない。 どんなになったっていい。 腕が死んでも眼が見えなくなっても、絶対に、コイツにだけは。 しばらく膠着状態が続いた。 アリーは、ずっと自分に銃を向けたまま睨んでいる。 意識なんてほとんどない状態だ。 ただ本能のまま、気を緩めてはいけないと、慣れない左手で持った銃は挙がったままだ。 「…やめだ。気が失せた」 呆れたようにため息を付きながら、ヤツは銃をホルスターにしまった。 「全く、やる気なくす眼だぜ」 そう言って、部屋のドアに向かっていく。 俺の持った銃は未だアリーを捉えたままだ。 「じゃあな、ソラン。また遊ぼうぜ」 顔だけこちらに向けて、笑って言った。 後ろのソランが、びくりと肩を揺らしたのがわかった。 そうしてそのまま、アリーは部屋を後にした。 しばらくすれば、玄関を通り抜け、足音がどんどん小さくなるのがわかった。 一気に解けた緊張と共に、俺は意識を失くした。 遠くで、彼女が自分の名前を呼ぶのが聞こえた気がした。 ゆっくりと意識が上昇する。 ぼんやりとした視界の中で、見慣れた黒髪を見つけた。 「ソ、ラン…」 「動かない方がいい。手当てはしたが、ここで出来る程度だ」 ソランの声はひどく穏やかだった。 彼女だって、無事な身体では済んでないだろうに。 またまどろみ始めた意識と戦いながら、彼女に腕を伸ばす。 「な…ソラン…。全部、教えてくれよ…お願いだ…。知りたいんだ、俺…」 ソランは俺の手を取り、反対の手では頭を撫でてきた。 「目が覚めたら、教えてやる」 「今、知りたい…」 「一度寝るといい。必ず、教えるから…」 「やくそく、な…」 「あぁ…」 彼女の頭を撫でる手つきがひどく心地よくて、そのまま目を瞑った。 ぼやけた視界で見えたのは、彼女のどこか哀しそうな笑顔だった。 再び目が覚めたとき、彼女はもう、どこにもいなかった。 09.04.26 |