愛しい君達との未来を紡ぐことの出来ない俺を、どうか許してください。
君の名前−12−
真っ直ぐに向けられた銃口と、そして冷たく見下ろす彼の眼。
けれどちっとも心は慌てたり焦ったりなんかしてなかった。
ただ、あぁやっぱりな、と思うだけ。

こうなることは予想出来ていた。
刹那には余計な心配をかけると思って、言えなかった。
記憶をいじられた時点で、俺はもう組織に必要とされていない存在になっている。
その人間が、失くしたはずの記憶を取り戻した。
これで戦闘能力が昔のままならまだ許されただろう。
けれど今の俺に、そんな力は残っていない。
肩や脚はまだいいだろう。
けれど治療の遅れた右目だけは、もうどうしようもない。
これでは、ただ組織の最重要機密を知っているただの人間だ。
そんな人間を、のうのうと生かしておくわけがないと思った。

悪くて殺処分、運よく生かされても、決して自由の身にはなれないだろう。
もしかしたらまた記憶を消されるかもしれない。
それは嫌だな、と思った。
せっかく思い出したのに、また消されるなんて。


「ダメ!!」

そう叫んだのは、腕の中のシリルだった。
シリルは小さな身体を目一杯使って、俺をティエリアの持つ銃から守ろうとしていた。
そのいじらしい姿に、胸が震えた。

「ニールをうっちゃ、ダメ!
ニールはなんにもわるいことしてないよ?ソランとシリルまもろうとしてくれたよ?
いっぱいいっぱい、ちながしても、それでもがんばってくれたよ?
なのにどうして、ニールがうたれなきゃいけないの?
おねがい、ニールのこと、うたないでぇ…!!」

シリルの声は震えていた。
流れる涙のせいなのか、それとも向けられた銃口に恐怖しているのか。
それでも、震えても何してでも必死に叫ぶシリルが、この上なく愛しかった。

「シリル、いいよシリル…。ありがとな…」
「やだよぅ…ニール、どっかいっちゃうの、やだよぅ…」

小さな身体を強く抱きしめた。
自分に似た色の瞳からはとめどなく涙が溢れている。
手放したくない、と思った。
この愛しい子を、これ以上泣かせたくはないと。
刹那もシリルに腕を伸ばした。
優しく彼女の柔らかい髪を撫で、慰めていた。

大切にしたいと思った。
これから、失くしていた分まで、一生懸命愛してあげたかった。
けれどきっと、それは叶わない。
結局、自分はどこまでも無責任だった。
そのことが、悔しくてたまらない。
覚悟していたはずの心が、揺れ動いていた。


「…安心しろ」

ため息と共に漏れ出たのは、ティエリアのそんな言葉。
気付けば銃を下ろしている。

「今すぐに処分は下されない。
ヴェーダは今も我々の手元にはない。だから、少なくとも僕に審判を下す権利はない」

ティエリアのその言葉に、ヴェーダは未だに取り戻せていないことを知る。

「じゃあ、誰が?」

素直な疑問を口にする。

「最終的な判断はスメラギ・李・ノリエガに一任した。だから一度、貴方達には宇宙へ上がってもらう」
「俺も、か…?」

刹那が言う。

「当然だ。君は少なくともマイスターの登録を除去されてはいない。
…すぐに発ちます、準備を」

そう言ってティエリアは踵を返した。

「ごめんね急で。でもなるべく早い方がいいってスメラギさんにも言われてるんだ」

ティエリアの言葉を補うようにアレルヤが言う。
大丈夫だ、という意味を込めて、俺は笑顔を作った。
ティエリアはカーテンの向こうに去る間際に歩を止めた。

「ロックオン・ストラトス」

フルネームで呼ばれる。
まるで戒めのようだ。

「厳しい審判が下される覚悟は、しておくように」

ぴんと張り詰めた、厳しい口調でそう言われる。
ティエリアはそれだけ言ってカーテンの向こうに姿を消した。


「アレルヤ」

その場に残っていた彼に声をかける。
確かめたいことがあった。

「何ですか?」
「トレミーのみんな、どうしてる…?みんな、無事か…?」

アレルヤは、その顔に影を落とした。

「…モレノさんにクリス、リヒティは、掃討作戦の時に…」
「……そう、か…」

刹那が俺の手を握った。
彼女の手は、暖かかった。
下宿先に一度戻って荷物をまとめ、刹那とシリルと一緒にまたドクターの診療所へ向かった。
色々と世話になったから、きちんと礼が言いたかった。

「ありがとうございました、ほんとうに」

頭を下げ、そう言う。
彼女はいつも通りタバコを燻らせていた。

「いいのよ。アタシが勝手にやってたことなんだから」
「…最後に一つだけ、いいですか」
「どうぞ?」

さっきのあの時間には聞けなかったことを、今聞きたいと思った。

「どうして、俺の記憶を戻す手助けを…?」

ドクターはしばらく何も言わなかった。
タバコを口に付け、煙を一度吐いてから、口を開いた。

「正直言うとね、後悔していたの」
「こう、かい…?」
「そう。貴方の記憶をいじった、あの装置を作ったことをね。
作ってる間は何の疑問も持たなかったわ。それが組織の為になるならと思ってね。
問題は作った後。おかしいな、なんて思っちゃったのよ。
アタシは医者のはずで、人の命を救うのが仕事のはずなのに、どうして、人を不幸にするようなものを
作っちゃったのかしら、ってね」

ドクターは自嘲的に笑っていた。
煙が宙を舞う。

「だからね、貴方がアタシの前に現れたとき、すごく驚いたわ。カミサマの悪戯かと思うくらい」

彼女はそう言うと、哀しく笑った。

「…同時に、自分のしでかしたことを理解したわ。人一人の人生を、ひどく狂わせているんだと実感した」
「…だから、薬を?」
「そう。何かの役に立つ日が来るんじゃないかと作っておいた催眠剤を、処方した。
記憶が戻ったと聞いたときね、救われた、なんて思ったわ。
馬鹿な話ね、ほんとに」

彼女はそう言って、タバコを灰皿に押し付けた。
なんとなく、理解が出来た。
彼女にとっての贖罪だったのだ、俺に催眠剤を渡したことは。

ドクターはずっと笑っていた。
自分の行いを、嗤うかのように。
それをとても、哀しく思った。


診療所の入り口まで、ドクターは見送ってくれた。
向こうに行っても治療は少なくとも二週間はしてもらえと念を押された。
会釈をして、立ち去ろうとする。

「ミスター・ディランディ」

声を掛けられ、振り返る。

「ラッキーだった?この町で、アタシに会って」

笑って彼女はそう聞いた。
だから、笑って返した。

「えぇ、ラッキーでした」

「…ありがとう」

そう言う彼女に、最後にもう一度だけ会釈した。

少しだけこの町が、明るく見えた気がした。
軌道エレベーターのリニアに乗り込み、宇宙へ上がる。
久しぶりの感覚に、身体が付いて行かなかった。
シリルは、初めての宇宙に興奮しているようだった。
ティエリアとアレルヤは別の個室にいる。
もしかしたら、気を遣ってくれたのかもしれない。

これが、三人で過ごす最後の時間だから、と。

隣に座る刹那が、俺の手を握った。
不安が伝わったのだろうかと、申し訳なく思った。
けれど、やっぱり彼女の手は暖かくて、その温もりに、涙が出そうになった。
09.05.15


NEXT→