とても愛しく思うよ とても大事にしたいと思うよ 君自身と、そして、君の名前を 君の名前−13− 「ロックオン、刹那…!」 新しく作り直されたというプトレマイオスに辿り着いた俺達に飛び付いて来たのは、フェルトだった。 ずいぶん大人びている。 優しい顔をするようになったな、と思った。 彼女は、見慣れない制服のようなものを着ていた。 「よかった…よかった本当に…」 「悪かったな、心配かけて」 フェルトの頭を撫でながら、言う。 「本当だよ。わたしの涙、返してほしいくらい」 知らない間に冗談まで言えるようになったようだ。 きっと、クリスのおかげなんだろうな。 フェルトの髪型は、クリスを思い起こさせた。 「刹那も…本当によかった」 「…すまなかった」 フェルトは目に涙を浮かべながらも笑顔を作った。 そして、刹那の腕の中のシリルに視線を動かす。 「話には聞いてたけど…本当だったんだね、子ども」 「あぁ」 「お名前は?」 「シリル!」 「シリルちゃんね。よろしく。わたしはフェルト」 「フェルト?フェルト…おぼえた!」 その光景はとても微笑ましかった。 一番の年少だったフェルトは、いつの間にかお姉さんらしく振舞えるようになっていたのだ。 「ロックオン、刹那」 通路の奥から、声を掛けられる。 刹那も一緒に、視線を動かした。 「ミス・スメラギ…」 「おかえりなさい。生きていてくれて本当に嬉しいわ」 その母性を感じさせる笑顔に安堵する。 笑顔で返そうと思ったが、彼女が先に厳しい顔に変化したせいで、それは出来なかった。 「感動の再会、したいんだけれどね。 残念ながらそうもいかないの。…ごめんなさいね」 ふるふると、頭を振る。 仕方のないことだ。 ここにいるだけで、自分はこの艦の情報を得ている。 得られてしまう情報は、極力少ない方がいいのだろう。 「刹那、貴方も一緒に来てちょうだい」 「…わかった」 「シリルちゃん、二人はお話があるみたいだから、わたしと一緒に遊んでよう?」 「……うん」 刹那の腕の中にいたシリルはフェルトに抱き上げられた。 シリルは、寂しそうに顔を歪ませていた。 「すまない、フェルト」 刹那が言う。 「ううん。…ごめんね、何もしてやれない」 「謝る必要はない。お前は何も悪くない」 その、言葉を交わす姿は姉妹のようだった。 去り際に、シリルの柔らかい髪を撫でた。 「シリル、いい子で待ってるんだぞ。すぐ帰ってくるからな」 「うん、そしたら、こんどはずっといっしょね?」 頷くことは、出来なかった。 ほんの先の未来の約束すら許されないことが、こんなにも胸を締め付けるものだとは思わなかった。 無理矢理に笑顔を作った。 シリルの額にキスをした。 そのくらいしか、今の俺には出来なかった。 ミス・スメラギ案内されたのはブリーフィングルームだった。 かつてのトレミーのものに酷似していたから、間違いないだろうと思った。 彼女は、俺達の前に立った。 「まずは刹那。貴方には特に処分はありません」 ミス・スメラギの言葉に、刹那は少なからず驚いたようだ。 俺も少し驚いたが、それよりは安堵の方が大きかった。 彼女は言葉を続けた。 「連絡が出来るのにしなかったことには非はあるけれど、その間これといって問題はなかった。 もちろん、貴方が秘密漏洩を何かしらの形でしたというのなら話は別よ」 「自分からはしていない。…ただ、かつてのKPSAのリーダーであった男には全部知られてしまっている」 「話は聞いているわ。それは四年前の段階で既に情報が向こうにあったものだから…仕方ないといえば仕方ないわ」 「すまない」 「いいわ。貴方には予定通り、処分なし。またマイスターとしてここにいてもらうわ」 「…了解した」 「刹那、貴方は一度部屋を出なさい」 「…だが、」 「命令よ、出なさい」 「…わかった」 彼女の重みのある声は刹那に有無を言わせなかった。 刹那が俺を見た。 その瞳は、揺れていた。 なんとか安心させたくて、頭を撫でる。 きっと効果はない。 刹那がスライドドアの向こうに姿を消すまで、目で追った。 「ロックオン・ストラトス」 ミス・スメラギの方へ向き直った。 彼女の瞳に、迷いは見られなかった。 スライドドアを開けば、刹那が立っていた。 ひどく不安げな眼をしていて、抱きしめたくなった。 「待ってたのか」 「出ろという命令しか受けていない」 「そっか、ありがとな」 頭を撫で上げる。 彼女の癖毛の感触は心地いい。 刹那の赤褐色の瞳が、結果を知ることを訴えていた。 思わず、苦笑いを浮かべた。 「うん、すげー厳しい」 「…ロックオン?」 「四週間、営倉入りだってさ」 刹那の瞳が、揺れ動いた。 あ、なんか泣きそうだな。参った。 実は俺も泣きそうなんだ。 「四週間…営倉…?」 「そう、その間、刹那にもシリルにも会えない」 「…たった、それだけか…?」 「うん、それだけ」 「ほんとう、に…?」 「ほんとうに」 耐え切ることは出来なかった。 俺の方が先に泣いた。 刹那が泣いたかどうかは、わからない。 思いっきり強く、腕の中に閉じ込めたから。 けれど小さな肩は、震えていた。 「こらこら、そういうのは部屋に行ってからにしなさい」 ブリーフィングルームから顔を出したミス・スメラギが言う。 思わず腕の力を弱めた。 「スメラギ・李・ノリエガ…本当にそれだけか」 「エージェントの目もあるからね。ある程度の罰は加えなきゃダメなのよ」 「だが…」 「今のわたし達にはヴェーダがないわ。だから以前のような絶対的な拘束力はない。 それに言ってしまえばね刹那、戦力は一つでもあった方がいいの。 例え右目がダメでも、彼は立派な戦力になるわ」 「戦場に、出すのか」 「さすがにそんなハイリスクはわたしもしない。 そもそももう彼は『ロックオン・ストラトス』じゃないの。マイスターの資格は既に彼にはないわ。 まぁ、言っちゃえばサポートってとこかしらね」 人手が足りないの、と彼女は笑いながら付け足した。 「さぁて、わたしはこれから祝杯の準備でもしようかしらね」 背伸びをしながら、ミス・スメラギは言う。 堅苦しいのが苦手な彼女らしい行動だと思った。 「ミス・スメラギ」 「んー?」 「ありがとう、ございました…」 「どういたしまして。しっかり働きなさいな、『お父さん』」 彼女はそう言って、移動バーに手を掛けて通路を渡っていった。 ミス・スメラギがいなくなったところで、もう一度、刹那を思いっきり抱き締めた。 ドクター・メーベルに言われた通り、二週間の治療を施してもらった後、俺は営倉入りになった。 その間は本当に刹那にもシリルにも会っていない。 食事を運んでくるのはアレルヤだったりティエリアだったり、あと、おやっさんの娘だというミレイナだったり。 どうやらこれも「処分」の一つらしい。 ティエリアの話では、彼女達は食事を運んだりしてはいけないと言われたそうだ。 生きていることすら感謝しなければいけないのだけど、やっぱり、なかなかつらい。 君達の名前を、早く呼びたいと思った。 長い長い四週間を過ぎて営倉から出た俺を出迎えてくれたのは、刹那とシリルだった。 本当に、愛しくて愛しくて、気持ちが溢れるみたいに、二人一緒に抱き締めた。 シリルはずっと俺に「おかえり」を言い続けてくれた。 その言葉がとても心地よくて、シリルの頬にキスを送った。 就寝時間を迎え、部屋は薄暗い。 シリルは俺の膝で規則正しい寝息を立てていた。 刹那と俺は、また一枚の毛布に二人で包まっていた。 「なぁ、一つ聞いていいか?」 「何だ?」 「なんで孤児院やるの、本名にした…?足が付く危険性だって、あったろ」 刹那は少し沈黙した後、口を開いた。 「…偽名を使っては、意味がないと思ったんだ。 アンタの家族を殺した俺は、『ソラン・イブラヒム』だったから」 「…でも記憶を失くした『ニール・ディランディ』が愛したのも、『ソラン』だ。 だから俺は、どっちも大事にしたいよ」 「…家族に何て言うつもりだ」 「んんー…『ごめん』、かな」 苦笑いを浮かべて、そう言う。 彼女は少し呆れ顔だ。 「本当に馬鹿だな…アンタは」 「うん、馬鹿で結構。それでも俺は、お前さんが大事だよ、ソラン」 「……ニー、ル」 刹那は少し俺の名前を言うのを躊躇ったようだ。 それは慣れとかじゃなく、それが、彼女の感じている罪の証なのだろうと思った。 細い身体を、抱き寄せた。 「お前さんがもし罪を償いたいなら、生きて。俺のために」 「…あぁ、ありがとう」 一つ、思いつく。 刹那の身体をゆっくりと離した。 「なぁ刹那、孤児院の子ども達の引き取り先、わかるだろ?」 「控えては…ある。何故だ?」 「今度さ、時間が出来たら皆に会いに行こう。シリルと三人でさ」 刹那は少し驚いて、それから、目を細めた。 「そうだな、そうしよう」 シリルを挟んで、川の字になって眠りに付く。 二人の寝顔は、これ以上ないくらいに、愛おしかった。 シリルが聞いた。 「どうしてみんなはソランのことべつのなまえでよぶの?」と。 そしてこうも聞いてきた。 「シリルもそうよんだほうがいいの?」と。 俺は首を横に振った。 「シリルは、そのまんまでいいよ。 だってそれは、お母さんの、大事な大事な、名前だから」 小さな愛しい子どもを抱き上げて、そう、教えた。 09.05.17 ――――――― なかなか長い話になりました。 「君の名前」これにて終了です。 途中なんとも言えないこじつけに見舞われたりと実は色々あった話ですが、 みなさんの温かい言葉に支えられて形になりました。 ここまで読んでくださった方、本当にありがとうございました。 心から感謝申し上げます。 |