カーテンの開く音が聞こえる。 「ニール!」 飛び付いて来たのは、愛しい子ども。 思い切り抱きしめた。 「もうケガへいき?いたくない?」 その何気ない一言に、はたと気付く。 そういえば、身体の痛みがほとんどと言っていいほどない。 あれだけの傷が、そんな早くに治るわけがない。 それでようやく、自分が寝ていたのが、最新式の医療ポッドだということに気付いた。 君の名前−11− 「ロックオン」 名前を呼ばれ、視線を動かせばアレルヤとティエリアがそこにいた。 懐かしい顔だ。 アレルヤは自分が覚えているのよりも大人びた顔になった。 ティエリアは、何故だか全く変わっていないように見える。 「よぅ、久しぶりだな」 「本当に。無事で何よりです」 「助かったよ、ホント。…でも、お前らよくわかったな、ここ」 そんなことを言ってみる。 本当は、種なんてわかっていたけれど。 「アタシが連絡させてもらったからね」 そう言って、白衣を纏った彼女が現れた。 「やっぱりアンタか、ドクター・メーベル」 「あら、気付いた?」 「つい、さっき。こんな寂れた町にこんな最新鋭の医療ポッド普通置かないだろうし。 俺達のことを知らせることが出来るのは、アンタだけだろう」 俺がそう言えば、ドクターは笑った。 当たり、とでも言われているようだった。 刹那は、それほど驚いてはいなかった。 おそらく俺よりも先に粗方の話は聞いたのだろうと思った。 「アンタ、ソレスタルビーイングの人間なのか?」 「そうよ。…と言っても、貴方達と同じで四年前に戦線離脱した人間よ」 「どうして…」 そう言うと、ドクターは初めて悲しそうに笑った。 「世界にまた、絶望したから、と言えばいいのかしらね。 結局一つも変わらない世界にもう手を挙げたくなったの」 彼女は白衣のポケットからタバコを取り出して、火を付けた。 吐いた煙はため息のようだった。 「貴方達の情報はアタシのところにも入っていたわ。 前線に出ることの出来なくなったデュナメスのパイロットの記憶を消去したこと、掃討作戦から行方不明に なっているエクシアのパイロットのこと。 でもまさか本当に会っちゃうとは思わなかったわね」 ドクターは苦笑いを浮かべてそう言った。 「どうしてすぐに連絡をしなかったんですか…?」 「アタシの患者だから」 彼女は迷うことなく言った。 「拾った以上はアタシの患者。ケガを治すのがアタシの役目よ。 あのまま組織に連絡をしてもまともな治療はすぐにはさせてもらえないでしょうからね」 「…だったらすぐにコレ、使ってくれればよかったんじゃ…」 彼女の真っ直ぐな言葉には感銘を受けたが、それでも附に落ちない。 矛盾を俺が思わず叩けば、彼女はからからと笑った。 「さっき自分で言ったじゃない。こんな寂れた町にそんなものあったら、不自然でしょう」 確かに。 怪しいことはこの上ないし、下手をすれば変な輩が来ることは請け合いだ。 彼女の言っていることは、まぁ、正しい。 後一つ。 確かめなければいけないことがある。 「…それと、もう一つ」 「どうぞ?」 彼女がソレスタルビーイングの人間だと聞いて、真っ先に思い浮かんだ仮定だ。 「俺の記憶を消したのは、アンタか?」 刹那が俺の言葉に息を呑んだのがわかった。 俺とドクターに、交互に視線を送っていた。 「…正確には、NO、よ」 どくり、と心臓が音を立てる。 刹那は自分の手を強く握りしめていた。 「正確には、ということは…」 「少なからず関与していたわ。組織内で記憶を操作する装置を作ったチームに、アタシはいたから。 でも直接貴方の記憶を操作したのは、アタシじゃないわ」 「だから、記憶を操作した人間じゃなければわからないって…」 「そう」 彼女の記憶の操作に関する説明はあまりに的確だった。 的確すぎたが故に、それは俺へのヒントになった。 けれど彼女は「記憶を操作した人間でなければわからない」と言った。 つまりそれは、自分は直接関わってはいないということになる。 「怒る?それとも、恨む?罵る?」 彼女は笑いながらそう言った。 まるでそうされても構わないと言っている様だった。 「…どれも、しません。結果的にアンタに世話になったことは変わりないから」 「そう、ありがとう。まぁ、どっちにしろアタシは貴方の記憶を取り戻す手助けをしてたわけだけどね」 「は?」 ドクターの言葉の意味が、わからなかった。 だって彼女は再三言っていた。 記憶を操作した人間でなければ詳細はわからない。 しかも自分は関与していない、と。 俺が理解出来ていない様子に、ドクターはくすくすと笑った。 「貴方に渡していた薬、あるでしょう」 「はぁ、ありますね…」 「あの中の一つにね、一種の催眠剤も含ませておいたのよ。 確かに、記憶を操作した人間でなければそのプロテクトの程度はわからない。でも、催眠状態に陥ればそれは あまり意味をなさない。 後は、貴方が記憶の中にある『何か』を引っ張り出せば、芋づる式なのよ」 言われ、思い出す。 俺が記憶を取り戻すきっかけになったのは、刹那のいつもしているストールだ。 それが、俺にとって『記憶の中にある何か』になり得たわけだ。 「それにしても…催眠剤って…」 「アタシが独自に開発したの。…こんなことも、あろうかとね」 深くため息を吐く。 結局、俺は知らないうちにドクターに全てを預けていたわけだ。 ただドクターの最後の言葉が気になって顔を上げたけれど、彼女はいつものあっけらかんとした表情だった。 「言ったでしょう?ラッキーだと思いなさいって」 からからと、笑う。 やっぱり深く深く、ため息を吐いた。 「…あとどうするかは、アタシの範疇外よ。貴方達で話し合いなさいな」 ドクターのその言葉に、場の空気が変わる。 ドクターはカーテンの向こうに姿を消した。 チャキ、という銃を構えた音が耳に入る。 けれど心が荒げることはなかった。 逆に刹那は驚いているようだ。 「記憶が戻っておめでとう、と言いたい所だが、そうはいかない。 貴方はもはや危険な存在だ、ロックオン・ストラトス」 ティエリアが冷たい眼で自分を見下ろす。 真っ直ぐと、銃口が向けられていた。 あぁやっぱり、こうなるよな、と心の奥で笑う自分がいた。 09.05.15 |