※若干のグロ表現あり。
君を失いたくないと願うばかりの俺を、どうか許してください
君の名前−10−
「せ、つな…」

なんでだ。どうして戻ってきたりした。
どうなるかぐらいわかってるだろ馬鹿。

「お前…っなんで…!シリル、は…!?」

言葉を発する度に身体に走る痛みに耐えながら、そう言う。

「隠してきた。じっとしているように言った」
「バ…!」

馬鹿野郎。
そんなんで大丈夫なわけねぇだろ。
コイツのことだ、絶対に見つけるに決まってる。
そうなれば、無事で済まされないことは目に見えてる。
嫌だ。大切なあの子を失うのは、絶対に嫌だ。

耳に入ったのは銃の安全装置を外す音だった。
刹那は真っ直ぐにサーシェスに銃口を向けていた。

「わざわざ戻ってくるとは、ホントお前はいいコだなぁ、ソラン」
「…その男から離れろ」

サーシェスのじっとりとした物言いに一瞬だけ身じろいだ刹那は、それでも重く、言葉を発した。
刹那の言葉に、サーシェスは俺の手の上から足をどけた。
手が軽くなり、少しだけ安堵する。
けれど、狙撃手の命である右手は、痛々しく傷付いていた。

安堵が許されたのは一瞬だった。

「が、ぁ…!!」

ずん、と背中に痛みと重みが加わる。
サーシェスが、手からどけた足を背中に回したのだと理解した。
手の時と同じように、ぐりぐりと地面に押し付けられる。
痛みが走る上に、胸が圧迫され、呼吸がしづらくなる。

「か…は…っ」
「はいわかりました、なんてこの俺様が言うと思ったか?
甘ぇんだよ。コイツには色々世話になった恩返し、しないといけねぇからなぁ…!」
「ぐあ…!!」

一瞬だけ身体が軽くなる。
けれど次の瞬間、重い衝撃が背中に走る。
さっきよりもずっと強く、サーシェスが俺の背中踏みつけた。
みしみしと、背骨が軋む。
けれど頭の中は、今のうちに刹那が再び逃げてくれることを願うばかりだった。

一発、銃声が鳴り響く。
背中を押し付けられているせいでその銃声がどちらのものかわからず、心臓がどくりと音を立てた。
刹那を見る。
彼女は、先ほどとほぼ変わらぬ状態で、そこに立っていた。
違うのは、彼女の持っている銃から硝煙が上がっていること。

「離れろ、その男から」

先ほどと同じことを、刹那が言う。
そう言うということは、彼女の撃った弾はヤツには当たらなかったのだろう。
相変わらず射撃上手くないな、なんてどこか冷静に考える。

「ははは…!そんなに相手してほしいのかよ、え?」

サーシェスの言葉に、心臓が音を立てて鳴った。
ふ、と身体が軽くなる。
安堵したいその行為は、ただ俺に焦燥感を与えるだけだった。
やめろ、行くな。
頼むから逃げてくれ、刹那。

「や、めろ…アリー・アル…サーシェス…!そいつに手…出すな…!」

ヤツは振り向こうともせず、ゆっくりと刹那の方に歩を進めて行った。
どくりどくりと心臓がうるさい。
そんなに血を送り込む力があるなら、腕の一本でも動かさせてくれ。

サーシェスは刹那の側まで行くと、ぐ、と彼女の顎を掴んで無理に上を向けさせた。

「アイツを殺してから遊んでやろうと思ったけどやめだ。冥土の土産、あの男にくれてやる。
お前の死に様を見せるっていう、最高の土産をなぁ!」

やめろ。
やめてくれ。
奪うな。俺から、大事なものもう奪わないでくれ。
必死で起き上がろうと身を捩らせる。
けれど思うように動いてくれなくて、焦りばかりが生まれる。

銃口が刹那の額に押し当てられる。
引き金に力が込められる。


「さよならだ、ソラン」

「やめろ…!!」
一発の銃声が、鳴り響いた。
時が一瞬止まったようだった。

止まったように、俺も、サーシェスも、そして、刹那もそのままだった。


「そこまでだ」

その聞き覚えのある声に驚く。
身体を動かし、声のした方をみれば、やはり、そうだった。

「アレルヤ…」

彼が空に向けた銃の先からは、硝煙が立っていた。

「手を引け。さもなくば撃つ」

別方向から、また聞き覚えのある声がする。
視線をそこに向ける。

「ティエリア…」

彼はアレルヤとは違い、銃口を真っ直ぐにサーシェスに向けていた。

銃声が一発鳴る。
驚いて刹那の方を見れば、サーシェスが彼女から手を離していた。
刹那の持つ銃からは硝煙が立ち込めている。
サーシェスの脚からは、血が流れ出ていた。
一瞬の隙を付いて撃ったのだろう。
その動きに驚いた。

刹那はサーシェスと一定の距離を取り、銃口をヤツに向けた。
アレルヤも銃の位置を変え、二人と同じように構えていた。
三つの銃口が、サーシェスに向かっていた。

「ち…っ部が悪いぜ」

そう言って、ヤツは包囲の掛かっていない路地へと駆けて行った。


ふ、と全身から力が抜ける。

「ロックオン…!」

刹那が駆け寄って来て、俺の身体を抱き込んだ。
その温もりに、安堵する。

「せつな…」

覚えているのは、そこまでだった。
目が覚めて視界に入ったのは、白い天井だった。
その見覚えのある光景に、あぁ、ドクターのところなんだな、と理解する。

「ロックオン」

その声に視線を動かすと、刹那がいた。
彼女を見た途端、何かが弾けたみたいに、叫んだ。

「この、馬鹿野郎!!」

俺のその声に、刹那の肩が少しだけ揺れる。
けれど構わなかった。
怒らなきゃ気が済まなかった。

「なんで逃げなかった!?戻ってきたらどうなるかぐらいわかってたはずだ!
シリルを一人にする気か!?」

一気に捲くし立て、少し息が上がる。
刹那は顔を俯かせた。

「…そんなこと、わかっている」
「ならなんで…!」
「アンタを、失いたくなかった」

刹那のその言葉に、それまで頭に上っていた血がすっと引いた。

「アンタは俺とシリルを死なせないために一人で戦おうとしたんだろうが…俺からしてみれば そんなもの自分勝手この上ない。
俺だって、アンタをみすみす奪われるのは、嫌だった。
また助けられないのは、嫌だった…」

言われ、思い出す。
四年前戦いの果てに宇宙で投げ出された俺を見たのは、刹那だったということを。
彼女は真っ直ぐに俺に向かって来ていた。
助けようとしてくれていた。
けれど、GNアームズが爆散するのが先で、彼女は、間に合わなかった。

どうして忘れていたんだろう。
刹那のことだ、悔やんだだろう。
間に合わず、目の前で俺が死んだと思ったことを。
俺を助けられなかったことを。
きっと、自分の責任だと自分を追い詰めただろう。

わかっていた。
自分の行いがどれだけ自分勝手で、どれだけひどいエゴなのかなんて。
でもわかっているつもりだっただけだった。
残されたときの気持ちなんて一番俺がわかってるはずなのに。
大事なものを失うことを怖がるばかりに、自分を失うことを厭わなかったんだ。
今ならわかる。
それが、どれだけ馬鹿なことだったのかということが。


「ごめん、刹那…」
「馬鹿はアンタだ…」
「うん、ごめんな」

ゆっくりと腕に抱き込んだ。
俺の腕にすっぽりと収まる彼女の小さな身体は、この上なく愛しかった。

「刹那…」


君の名前を口に出来ることを、とても幸せだと思った。
09.05.12


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