失くしていく、壊していく
塞いだ耳で世界が軋む音を聞いた−1−
夢を見た。
父と母の最期の時だ。
「どうして」と、震えた声で母が言った。
父の身体から流れる血は赤かった。

「どうしてなの、ソラン…」

その最期の問いかけにも答えず、引き金を引いた。



ふ、と覚醒する。
刹那は自分の現状を理解するまでに少し時間を要した。

今はいつだ。
2308年。
ここはどこだ。
マイスター四人で身を置いている家の、自分の部屋。

そこまで頭で整理して、ようやく身を起こした。
気分が悪かった。
父と母の最期を夢で見たのは、久しぶりだった。
ちらりと時計を見れば、夕方に近い時刻だった。
どうやらうたた寝をしてしまったようだ。


少しぼんやりとした意識のまま、階段を降りてリビングに顔をだした。
ロックオン達三人はソファに腰を下ろしてテレビを見ていた。
夕方のニュースらしかった。

『続いてのニュースです。
昨晩、市内で16歳の少年が母親を刺したと警察に通報がありました。母親は救急車で 病院に運ばれましたが、
未明に死亡が確認されました』

「ひっでぇもんだなぁ。いくら世界が平和になっても、こういう事件は尽きないもんだ」

ロックオンが、ニュースを見てそう言う。


刹那の頭の中で、先ほどの夢とニュースとが交錯していた。

恐ろしいものを見るような目の母。
横たわる父。

『市内で16歳の少年が母親を刺したと通報が』
「どうして」
『母親は救急車で病院に運ばれましたが、』

震える母の声。
地面に染みる父の血。

『未明になって死亡が確認されました』
「どうしてなの」


「どうしてなの、ソラン…」
「刹那?」

アレルヤがリビングの入り口に立ち尽くしている刹那の様子に気付いた。
ロックオンとティエリアも、そちらを思わず向く。
刹那の顔は、蒼白だった。

「刹那、どうしたの?」

アレルヤがまた声を掛けたが、刹那は応えなかった。
その異変に動いたのは、ロックオンだった。
ソファから腰を上げ、刹那の元へ向かう。

「どうした?気分悪いか?」

弱々しく、刹那が頭を横に振った。
説得力は微塵もなかった。
いつもと全く違う刹那の様子にロックオンも異常を感じた。

「部屋行って休むぞ。ほら、来い」

そう言って、少し強引に刹那の肩を引いてロックオンは階段を上がった。
アレルヤもティエリアも、その様子にいぶかしげな表情を見せた。
二人は刹那の部屋のベッドに腰を下ろした。
刹那の表情は相変わらずだった。
それでもそれを見られまいとしているのか、顔は俯かれていた。

「何か、あったか?」

ロックオンの落ち着いた声に、刹那はゆるゆると頭を横に振る。

「俺に聞かれるのが嫌か?アレルヤかティエリアの方がいいか?」

刹那の答えは一緒だった。
口を閉ざして、言葉を紡ごうとはしなかった。
怯えている、とも違う。落ち込んでいる、というわけでもない。
ただ血の気の失われた顔には、漠然と負の感情が漂っていた。

ロックオンはしばらく考え、それから決め込むとベッドから立ち上がった。

「おし、出掛けるぞ」
「…は?」

突拍子もない言葉に、刹那は思わず目を丸めた。
そんな彼に構う様子もなく、ロックオンは刹那の手を引く。
階段を下り、リビングにいたアレルヤとティエリアに声を掛ける。

「俺らちょっと出掛けるわ」
「え、うん…」
「おい…ロックオン…!」

刹那が小さく抗議の声を上げるが、ロックオンは飄々として取り合わない。

「あ、晩御飯は?」
「それまでにゃ帰ってくるよ」

去り際にそんな会話をして、玄関の扉が閉まった。
刹那が何か言ってるのが最後まで聞こえた。
ロックオンのどこか突拍子もない行動には幾分慣れていたから、アレルヤもティエリアも
特に驚いた様子はなかった。

「…大丈夫かな、刹那」
「……」

アレルヤが、ぽつりと言う。
ティエリアは何も答えなかった。
ロックオンが愛車を飛ばし、辿り着いたのは海だった。
まだ夏になりきらない季節の海辺は、風が少し冷たかった。

「おー、やっぱまだ冷てぇな、波」

砂浜に刹那を残し、ロックオンは一人靴を脱いで波を堪能していた。

刹那はそんな彼の後姿を、砂浜に座って見ていた。
もう海に落ちそうな夕日を浴びている彼の顔は、どこか清々しい。
だがそんな彼も、自分の犠牲者だ。
神を信じ神の為にと戦った、自分の犠牲者だ。
刹那は、ぎゅ、と小さく身を縮めた。
握られた手は力が入って白くなってきていた。

「…俺は、いつも奪う側だ」

そうぽつりと、漏らすようにして発せられた刹那の言葉を、ロックオンは聞き逃さなかった。

「刹那?」
「破壊することしか、出来ない人間だ。奪ってばかりの、人間だ…」

ロックオンは波打ち際から離れ、刹那の元へ歩いた。
小さく小さく、身を縮める刹那が、ひどく頼りなく見えた。

「そんなん、俺だってそうだ。お前だけじゃあない」

慰めでも何でもなく、ロックオン自身がそう認めているからこその言葉だった。
だが刹那は首を横に振った。

「違う。お前は、奪われた側の人間だ。俺が、お前の家族を奪った」
「刹那、それは」
「何故だ。どうして俺は、まだ生きている。
色んなものを奪っておきながら、壊しておきながら…。
一番、大切なものすら、俺は…っ」


優しい母だった。
頼もしい父だった。

長引く紛争に貧困を強いられても、誇り高く生きる両親だった。

その両親の最後の顔は、ひどく怯えたものだった。
自分が怯えさせた。

どこに行っていたと心配してくれた父を。
いつでも優しく抱きしめてくれた母を。

「どうして」

震える母の声。
冷たく横たわる父の身体。

「どうしてなの」

ただ頭を支配していたのは、神の為という、その言葉。

「どうしてなの、ソラン…」


どうして、母の最期の言葉すら聞き入れなかったのだろう。
「俺は、自分の両親を殺した…っ」
09.06.17

title by=テオ


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――――――
さよなら、あたたかな日々。