守るよ 守ってみせるよ 彼らの、代わりに――― 手を繋いでどこまでいこうか−2− 刹那の身体に異常が出始めたのは、一緒に暮らしてから一ヶ月後のことだった。 夕食後に突然トイレに駆け込み、食べたものを全て吐き出したときには驚いた。 それが三日前から続いているということを知ったときには、もっと驚いた。 嫌がる彼女を無理矢理病院まで引きずり、とりあえず内科を受診させた。 全く見当なんて付かなかった。 だから、内科医から産婦人科に行けと言われた時には、ただ、彼女も女性だったのだと改めて実感するだけだった。 「二ヶ月ですね」 産婦人科医が、そう告げた。 何のことだかさっぱりわからなかった。 二ヶ月?一体何のことだ? 「二ヶ月だ」と、そう告げられた当の本人を見ると、呆然とはしているけれど、どこか、落ち着いていた。 納得すら、しているような顔だった。 だから、わかった。 あぁ、そうなのだ、と―――。 相手はたぶん、あの狙撃型のガンダムに乗っていたあの人なのだろうと、そう直感でわかった。 僕が見る限り、普段の二人の様子では、全くそんな風には見えなかった。 けれど彼が亡くなる時、彼女は必死で叫んでいたから。 「置いていくな」と。 彼女があんな風に叫んでいるのも、涙を流しているもの、見たのはそれが始めてだった。 戦況オペレーターの人と偶然刹那のことを話す機会があって、それで、彼の双子の兄がいたことは、それより前に知った。 彼女は「二人はたぶん、お互いをすごくすごく、大切にしていたの」と、笑っていたけど、どこか悲しそうだった。 一度だけハロで昔の写真を見たことがあったけれど、本当にそっくりで、同じ人間なのではないかと思ってしまうほどだった。 だから、たぶん刹那は、大切な人が二人とも、いなくなってしまったのだろう。 「もしや、望まない妊娠でしたか?」 産婦人科医がそう言った意味が、最初はわからなかった。 けれど、何も言わない、むしろ驚いているような僕らを見て、そう聞いたのだろう。 返答に困る僕を見かねて、産婦人科医は続けた。 「もし迷っているようであれば、決断は早めに。そうですね、出来れば、一週間前後で決めてください。 それ以降は、母体にも負担が掛かります」 迷う?何故? だって、あんなに刹那は泣いていたのに。 大切に想っていたであろう人の、子どもなのに。 彼女は、ただ黙っていた。 顔は俯かせていたから見えなかった。 けれど、慈しむようにお腹に添えられた手が、かなしいくらい、やさしかった。 小さく、ほんとに、誰にも聞かれないほどの声で、彼女が彼らの名前を呟いたのがわかった。 ロックオン、と―――。 彼女に子どもがいるということがわかって、最初は正直安心していた。 刹那だって、子どもを道連れにしてまで死のうとは思わないだろうと、そう思っていたから。 けれど以前と何も様子が変わらない刹那を見て、そんな考えいつの間にか消えてしまっていた。 彼女は、子どもと一緒に彼らの元に行こうとしているのではないか。 わからなかった。 子どもがいるとわかったことで、彼女が生きる選択をするのか、死ぬ選択をするのかが。 だから、余計に彼女から目を離さないようにした。 窓の外を眺める彼女の目が、とても遠くを見ているのが、わかった。 それから一週間が経ち、医師の告げた決断の日を迎えた。 その日は休日だったから、相変わらず外に出ようとはしない彼女に、僕も付き合った。 会話はしたけど、全部的から外れたものばかりだった。 夕方になっても、彼女から病院へ行くという言葉は出なかった。 夜、僕は部屋に篭ってただ物音に耳を傾けていた。 彼女が家を出て行かないか。 彼らの元に、足を進めないか。 時計の音ばかりが、耳に入った。 気付いたときには、日が昇り始めていた。 しまった―――。 どのくらい寝てしまっていたか全くわからなかった。 ただとにかく部屋を飛び出して、彼女の存在を確かめた。 刹那は、どこにもいなかった。 ただ悔しかった。 彼女に、その選択を許した自分が。 結局何一つ守れやしない、自分の無力さが。 それはルイスを失ったときと同じだった。 守りたいのに、守れない。 まだ諦めるには早いと思い直して、玄関に走った、その時だ。 玄関の扉をゆっくりと開ける彼女を見たのは。 「…せ、つな…」 彼女はただ目を丸くして僕を見ていた。 「沙慈…。何故お前そんな所に…」 「何故って…だって…君がどこにもいないから…」 張り詰めていたものが一気にほどけて、でもなんとか体勢を保とうと、壁に手を付いた。 視線も足元だから、彼女の顔は見れない。 「沙慈」 彼女がとても丁寧に、僕の名前を呼んだ。 それに、視線を上げた。 刹那の眼に光が戻っているのがわかった。 「頼みが、ある」 「たの、み?」 そう言って、彼女は以前と同じように、慈しむように、お腹に手を添えた。 「俺は、この子を産みたい。産んで、育てたい。 ロックオンが言ったんだ。守ってほしいと。自分達と、俺の、大切なこの子を、守ってほしいと。だから、そうしたい。 けれど、俺には一人で守り切れる自信がない…。だから…」 それ以上は、言わなくてもわかった。 だから、僕から告げた。 「うん…大丈夫。僕も手伝うよ。 その子の父親にはなれないけれど、でも、代わりに側にいるよ」 その子の父親は彼だ。 いや、彼らだ。 だから、僕はそれにはなれないし、ならない。 けれど傍で直接守ることの出来ない彼らの代わりに、僕がその役を担うんだ。 それは、大切なあの子を守れなかった自分のためでもあった。 「ありがとう」と、そう言った彼女の表情は、今まで見た中で、一番穏やかで、しあわせそうだった。 09.01.25 |