たぶんきっと、

彼らもずっと傍で見守ってるんだろう
手を繋いでどこまでいこうか−3−
宿った命が双子の男の子だと知ったとき、刹那は何とも言えないような表情をしていた。
嬉しそうな、けれど、泣きそうな。
双子だということは出産を決めた次の日に出向いた検診のときに判明して、そのときも刹那は同じような顔をしていた。
病院の帰り道、彼女は寄り道してから帰ると言った。
僕が何も言わずに刹那を見ていたら、彼女は肩をすくめて「大丈夫だ、ちゃんと帰る」と言って少し笑った。

少し離れてから振り向くと、刹那は空を仰いでいた。
その唇が、彼女のあいするひとの名前を紡いだのが、わかった。



彼女が長い長い分娩から解放されて、産声が分娩室の中から聞こえたとき、僕は泣いた。
不思議だった。
自分の子どもでもないのに、ただ、どうしようもなく涙が溢れた。
それはたぶん、失ってばかりだった僕らに与えられた、新しいいのちに対する喜びだったんだと思う。

分娩室への入室が許可されて(看護師の人たちには僕が父親だと誤解されている)、刹那と、そして彼らとの
大切な子どもに会うことが出来た。
二つのいのちは、守られるように、刹那の傍らにいた。
彼女は、心から愛おしそうに子ども達を見ていた。
そして、とてもとても大事なものを口にするように、呟いた。

「ニール…ライル…」

その時の彼女のしあわせそうな涙を、たぶん僕は一生忘れない。
そうして、気付けば早いもので四年だ。
双子はあっという間に育ち、元気に家の中でも走り回っている。

不思議なことに、ニールとライルは言葉を覚え始めたときから僕のことを「おとうさん」とは呼ばなかった。
それは刹那が僕のことをそう呼んでいるからとも思ったが、僕が彼女を「刹那」と呼んでいても、双子は彼女のことを
「おかあさん」と呼んでいる。
いつだったかなんとなく、「どうして僕はおとうさんじゃないの?」と聞いてみたら、それが当たり前みたいに、
「だってさじはさじでしょ」と言われた。
そのことを刹那に話したら、彼女は笑って言った。

「もしかしたら、あいつらが教えているのかもな」

彼女は冗談のつもりで言ったのかもしれないけれど、僕はそれがあながち冗談には聞こえなかった。
たまに、本当に、たまにだけれど、彼女のめずらしく見せる笑顔や女性らしい振る舞いに目を奪われると、寒気が
襲ってくるんだ。
それは、彼らの牽制なのかもしれない。

刹那と僕は、表向きは夫婦のようだったけれど、籍は入れようとはしなかった。
だから彼女の名前も「刹那・F・セイエイ」のままだし(これが偽名だと知ったのは、実はつい最近だ)、双子の子どもも、
彼女の姓を名乗った。
本当は、出来れば彼らの、双子の父親と籍を入れることが出来れば一番よかったのだろうけれど、どうやら登録データ
自体がもう存在しないようで、それは叶わなかった。


刹那は、よくニールとライルに「父親」の話をしている。
どんな人たちだったか、どんなことをしていたのか。
双子もその話を聞いているときが一番楽しそうだった。
たった一枚、彼女が持っていた昔の集合写真を見ては、嬉しそうに話を膨らませていた。


僕は、たった一つの後悔が、ずっと心に残ったままだった。
「刹那」

休日、四人でよく出掛ける公園で、僕は彼女に言った。

「ホント言うとね、少しだけ、後悔しているんだ。君を彼らの元に行かせたくなかったのは、僕のエゴで、僕がもう、
誰かを失いたくなかったからだったんだ。
…ルイスを…ルイスを守れなかった自分が悔しくて、それできっと、刹那を代わりにしようと、したんだ…」

刹那は、何も言わなかった。
ただ黙って、僕の話に耳を傾けていた。
ニールとライルは、少し離れた草むらで遊んでいた。

たぶん僕が一番卑怯だったんだ。
自分だけ平和に生きようとして、自分だけ失望したくなかった。
ルイスはもしかしたら、こんな僕を見て、怒るかもしれない。
刹那にルイスと同じ感情は持ったことはなかった。
けれど、だからこそ、守るべき対象に彼女ではなく刹那を身代わりのようにした自分が、一番、卑怯だったんだ。


刹那は、やっぱり何も言わなかった。
何も言わずに、草むらに敷いたビニールマットから腰を上げた。

「沙慈」

静かに、彼女が僕の名前を呼んだ。
それは、まるで彼女が出産を決めたときを思い出すような、そんな言い方だった。
彼女の視線の先は、草むらで戯れる双子だった。

「お前が側にいてくれなかったら、俺はたぶん、ロックオン達のところに行っていた。ニールとライルだって、
産まれなかった。
俺に…俺に、二人の望みを叶えさせてくれて、ありがとう」

「ありがとう」と、そう言う瞬間だけ刹那はこっちを向いて、笑った。
それだけでもう、僕の中のわだかまりが、全部溶けてしまっていた。
刹那は双子の元に、ゆっくりと歩いていった。

その彼女の傍に彼らが見えたのは、たぶん、気のせいなんかじゃなかった。
刹那は、よく一人で空を仰いだ。
それはきっと、彼女のあいするふたりに、想いを馳せているんだと、僕は思う。

その時の彼女の顔は、穏やかで、しあわせそうで、でも少し、泣きそうだから。
たぶん彼らは、今日も彼女の傍で、彼女のしあわせを、願っているんだろう
09.01.28

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ここまでお付き合い頂きどうもありがとうございました。
「刹那と沙慈が生き残って刹那に双子の子どもがいてロックオン二人が幽霊」なんてそんなトンデモ妄想でしたが、
一応形になって嬉しいです。
勝手な考え、最終的には沙慈だけ生き残るんじゃないのかなー…と思っております。
運がよければ刹那も生き残るだろうぐらい。
そっから派生した妄想です。すごい妄想力です。

何はともあれ、読んで下さり、ほんとうにありがとうございました。