守らなきゃいけないと、思ったんだ


それは、僕自身のためでも、あったんだ―――
手を繋いでどこまでいこうか−1−

家に持ち帰った仕事を片付け、一息付こうとした。
そんな矢先に、飛びつく二つの存在。

「さじー!あそんでー!」

見た目がそっくりすぎて僕では見分けが付かないその二人は、先日四歳の誕生日を迎えたばかりだった。
ぎゅっとしがみ付くその二人に苦笑いしながらも、決して嫌な気分はしなかった。

「こら、ニール、ライル。沙慈は仕事中だから、駄目だ」

そんな二人に、落ち着いてはいるけれど、でもどこか怒気を含んだ彼女の声が掛かった。
怒られ、二人は揃って「えー」と不満そうに漏らした。

「平気だよ、刹那。もう終わった」
「…そうか?…すまない」

彼女は相変わらず表情はあまり変わることはなかったけれど、それでもその言葉から、やはり母親なのだ、
ということを実感した。

彼女から遊んでもよいというニュアンスを汲み取ったのだろう。
双子の彼らは、嬉しそうにまた僕にしがみ付いた。


2318年、東京。
世界は今日も、平和だった。
宇宙に漂う彼女の機体を見つけたときは、無我夢中だった。
もはやそれまで乗っていた母艦は宇宙の塵と化し、そこに乗っていたやさしく自分を受け入れてくれたあの人たちも
同じだった。
ガンダムも、それを操っていたパイロットも、もはや存在しない。
静かな宇宙空間で、僕は彼女の名前を必死で呼んだ。

ノイズの方が大きくなってしまった通信機器から、彼女の、二人分の名前を呼ぶ、消えそうな声が聞こえた。
「刹那」

病院のベッドに横たわる彼女の指先がぴくりと動いたとき、僕はまた彼女の名前を口にした。
ゆっくりと目が開かれ、彼女の瞳が見えた。
懐かしさすら、覚えた。

「刹那…わかる?」
「……さ、じ…?」

言葉を覚えたばかりの赤ん坊のように、彼女はゆっくりと僕の名前を紡いだ。
それにひどく安心した。

「…ここ、は?」
「病院だよ。刹那、ずっと眠ってたんだ」
「びょういん…だいじょうぶ、なのか…?」

彼女が案じたのは、おそらく僕と彼女の身の安全だろう。
世界が彼女達の存在を認め始めたとは言え、その代償は、あまりに大きい。
それは、僕の姉と、そして、大切な、彼女のことも同じだった。

「大丈夫だよ。えと、君は知らないかもしれないけれど、連邦に、いい軍人さんがいるんだ。
その人に手配してもらったから、大丈夫」

宇宙で出会えてもどうしようもなかった僕達の前に現れたのは、偶然にも、過去にお世話になった、セルゲイ・スミルノフ
という名の軍人だった。
彼は刹那の状態を見て、すぐに地上に降りる手配をして、この病院に彼女と、そして僕も一緒に入院させた。
怪我の理由は医師から詳しく言及されることはなかったから、上手く伏せてくれたのだと思った。
そこまでしてくれる、その理由はわからなかった。
もしかしたら、裏で軍が動いているかもしれなかった。
けれど、他に頼れるものがなかった僕にとっては、藁にもすがる思いだった。
刹那は再生治療のポッドに入って二週間、さらにそこから出てから一週間、ずっと眠り続けたままだった。


眠りから覚めた刹那は、窓の外の、空を眺めていることが多かった。
その眼に、かつてのような光はない。

たぶん、宇宙で散った仲間を思っていたのだろう。


退院の目処が付いた頃に、僕は刹那に切り出した。


「刹那、一緒に暮らそう」

彼女は、一瞬だけ驚いて、それからまたその眼を元に戻した。
何も、答えなかった。
拒否の言葉がないのをいいことに、僕はそれを勝手に肯定と受け取った。


それは憶測に過ぎなかった。
けれど、たぶん間違いなかったのだろう。
彼女は、きっと僕がそう言わなければ、自らその命を終わらせていたのだろう。
退院後僕らが向かったのは、東京だった。
それ以外に住む場所が思いつかなかったのだ。
僕らが暮らしていたマンションはもう既に他の人間が住んでいたので、別の賃料の比較的安いマンションを選んだ。

僕はしばらくして仕事を見つけて来たが、刹那は、何もしなかった。
彼女がしていたのは、毎日の洗濯と、炊事と、掃除だけだった。
僕は、仕事が終わってからまっすぐに、出来るだけ早く、家に帰るようにした。
傍から見ればそれは仲のよい新婚の若夫婦のようだったのだろうけれど、そんないいものじゃなかった。

僕は、彼女がきちんと生きることをやめていないか、確認したいだけだった。
夜も、彼女が眠りに就いたのを確認してから、僕も眠った。

彼女が直接言ったわけじゃない。
「死ぬつもり」だと、僕に話したわけじゃない。


だから憶測に過ぎなかった。
けれど、たぶん、間違いじゃなかったのだろう。


彼女は、生きることを望んではいなかった。
けれど、僕はそうさせたくはなかった。

彼女は、生きるべきだと思った。


自らその命を、絶たせてはいけないと、そう、思ったんだ―――。
09.01.24


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