家族ごっこ−6−
連れて行かれた教務室の隣にある面会室で、刹那は教頭、そして発見者である美術教師に厳しい目を
向けられていた。

「いい加減正直に話したらどうだ、セイエイ」

そう冷たく言い放ったのは教頭だった。

「だから、俺はやっていない。行った時には既にガラスが割られていた」
「嘘を言うな!喫煙までして…わたしはこの目でしっかりと見たんだぞ!」
「アンタが見たのは俺がその場にいてタバコの吸殻を持っていたことだけだろう。俺がガラスを割って
タバコを吸っていたという証拠がどこにある」
「なんだその態度は…!」

刹那の態度に、美術教師のこめかみに青筋が立った。
刹那は自分の運の悪さを呪った。
今日に限って校長も担任も出張で不在だった。
あの二人ならば、少しは話をわかってくれたのに。

「セイエイ、態度を改めろ。教師を何だと思っている」

教頭がそう言う。
ならば少しは生徒の言うことを信用したらどうだ、と悪態を付きたくなる。
美術教師が、呆れたようにため息を吐いた。

「全く、育った環境が劣悪だとこうも素行が悪くなるものかね! 同情を買いたいのなら、もっと
マシな方法があるだろうに!」

そう言い捨てられた瞬間、刹那の中に怒りが込み上げた。
誰が。
誰が、同情を買いたがっているなんて言った。
いつそんな素振りを見せた。
何も知らない人間の、どこにそんなことを言い放つ権利が存在する。

「…っふざけ、」

刹那が怒りに任せて口を開こうとした、その時だった。
空気を変えるかのように、ノックが室内に響いた。

「すみません、遅くなりました」

そう言って面会室の扉を開いたのは、ニールだった。
刹那は怒りを忘れ目を丸めた。
何故この男がここに来る。

「わざわざご足労頂いてすみません。現在の保護者が貴方となってたので、ご連絡させて
頂きました」
「構いません。こちらこそ、連絡ありがとうございます」

ニールはそう言って軽く頭を下げる。
いつもと全く違う「大人」の一面を見せるニールに、刹那は少なからず嫌気が差した。
戸惑いを隠せずにいると、ニールが視線を合わせて薄く笑う。
それはいつも見せる表情に似ていた。
そのことに少しだけ安堵している自分がいて、刹那は思わず視線を逸らせた。

「お話は電話でさせて頂いた通りです」
「刹那が喫煙をして、その上ガラスを割った、ということですか」
「本人は否定してますがね」

そう言って、教頭は刹那に視線を向ける。
その視線に疑いが篭っていて嫌だった。

刹那は半分諦めの境地にいた。
どうせこの男だって自分を疑う。
大人はいつもそうだ。
疑うことしか知らない。

ニールが一つ、ため息を吐いた。そして口を開いた。

「刹那が、んな事するわけねーだろうがっ」

少し怒気を含んだようなその言葉に、刹那だけではなく、教頭も美術教師もただ目を丸めた。

「証拠あんのかよ、証拠!」
「わ、私がこの目で見たんですよ!割れたガラスの側に彼がいて、吸殻を持ってた!」
「それのどこが証拠だっ。実際刹那がガラス割ってタバコ吸ってたとこ見たわけじゃねぇだろうが!」
「だがっ」
「だがもくそもあるか!刹那がどうやってガラス割ったってんだ!
コイツの靴の裏にガラス片でも刺さってたかよ、金属バットでも持ってたかよ!」
「い、石だ!石が割れたガラスの側に落ちていた!」

美術教師がそう言う。
どうしても刹那を犯人にしたいらしい。

「その石に刹那の指紋でも付いてたってか!? あとタバコっ。刹那は喫煙者じゃない!
匂いかげばすぐわかんだろうがっ。 なんならその吸殻の指紋も調べてもらうか?俺の身内に、刑事いんだよ!」

刹那はただ、怒号を飛ばすニールを見ていた。
何故この男はこんなにも怒っている。
自分に疑いがかけられたわけでもないのに。
何故自分のことのように、怒っている。
そもそもどうして、この男は自分の潔白を信じる。
刹那はただ不思議だった。
怒った素振りを一切見せたことのないこの男が、たかだか自分のことでこんなにも声を荒げていることが。

美術教師は、ニールが身内に刑事がいることを告げると、口を噤んだ。
だが教頭はその空気を変えなかった。

「いくら身内と言えどそんなことに貴重な時間を費やすとは思えません。
しかし他に見たという人間がいない限り、彼がやったとしか考えることが出来ないんですよ」
「だからぁっ」

ニールが再び反論しようとした時だ。
静かに、面会室の扉がノックされた。

「失礼します」

そう言って入ってきたのは、ピンク色の髪をした少女だった。
刹那は彼女に見覚えがあった。
確か、同じクラスにいたはずだ。名前は、覚えていないけれど。

「なんだグレイス、こんな時に。用があるなら後にしなさい」

息を整えた美術教師がそう言って、刹那は彼女の名前をおぼろげに思い出した。
確か、フェルト・グレイス。

「彼じゃ、ありません」

フェルトが、芯のしっかりした声で、そう言う。
その瞬間、室内にいる全員が目を丸めた。

「な、にを言って…」
「ガラスを割ったの。彼じゃ、ありません。
わたし見てました。特別棟の、二階の窓から。三・四人、そこで石を使って野球をしてました。 タバコも、
吸ってました。打った石がガラスに当たって、慌てて逃げてました」

フェルトが言い終えると、しばらく室内が沈黙した。
口火を切ったのはニールだった。

「ほらな、だから言ったろ!?他の目撃者も出た!刹那じゃないっ」

教師二人は反論する術を失い、ニールの言葉をただ受け入れた。

「疑って、すまなかったセイエイ」
「…別に、わかればいい」

手の平を返したような教師の態度に、刹那は怪訝そうに返答した。
面会室を後にしようとした。
だがニールは踵を返した。釣られて、刹那も歩を止めた。

「あー、そうだ。謝るんならついでにアレも謝ってください」
「アレ?」

ニールの眼が、今日見た中で一番怒気を含んでいた。

「同情を買いたいなら何たらって、ヤツ。
少なくとも一教師の言う台詞じゃないね。ふざけるのも大概にしろよ」

まただ。
またこの男は、自分のことでもないのにこんなにも怒る。
美術教師によってもたらされた怒りなど、自分でも忘れかけていたのに。
この男は、自分の代わりに怒ったのだ。
何故、と刹那は思わずにはいられなかった。

教頭が美術教師を促し、それで頭を下げた。
刹那は自分の考えに囚われるばかりで、美術教師の謝罪など頭に入らなかった。
代わりに、ニールが満足そうに笑った。
面会室を出ると、フェルトがまだそこにいた。

「どうもありがとな。君のおかげで刹那の潔白証明された」

ニールの言葉に、フェルトは首を横に振る。

「本当のことを言っただけ。でも、役に立てたならよかったです」

フェルトはそう言って、その場を後にした。


「俺も仕事戻るな、刹那。ちゃんと勉強しろよ」

ニールがいつもの調子で言う。
刹那の頭はすっきりしないままだ。

「何故」
「ん?」
「何故、あんなに怒った。自分のことでもないのに」

あれほどまでに自分を信じ、自分の為に怒った人間を、刹那は出会った事がなかった。
世話になった人間は何かあると必ず一番先に自分を疑ってきたというのに。
そもそもあの状況では、間違いなく美術教師の言い分が有利だった。
それを、どうしてあんなにも食って掛かることが出来たのか。

「お前、変なこと言うなー」

ニールが言う。

「だってやってないんだろ?お前さん。そう自分で言ってたじゃんか」


信じたのだ、この男は。
刹那の、ただ「やっていない」というその言葉だけを、無条件に。
「やってない」と、刹那がそう言っただけで。
信じたのだ、刹那のことを。


「それだけ、か」
「?それ以外に何か理由あるか?」

なんて男だと、刹那は思った。
それだけの理由で、教師二人相手にあれだけ捲くし立てたのだ。

「…なら、俺が本当はやっていたら、アンタどうしてたんだ」
「え、何お前さんホントにやってたのか!?」
「違う。例えばの話だ」

焦りを見せるニールに、刹那が少しむくれて返答する。
ニールは安堵したようにため息を吐いた。

「んー、ホントはやってたら、それは一緒に先生に『ごめんなさい』だな」

に、と歯を出してニールが笑った。
わしわしと、刹那の頭を少し乱暴に撫でる。
刹那は振りほどきも何もしなかった。

「じゃ、俺行くな。後でもいいから、ちゃんとあの子にお礼言っとけよ!」

ニールはそう言ってその場を去って行った。
刹那はその姿が見えなくなるまでずっとニールを目で追った。
刹那の胸に、ざわめきは起きなかった。
ただ、ほんのりと、温かさが滲んだ。
09.06.29


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美術教師が途中でリント化した。爆。
校長がイオリア氏で、刹那の担任がセルゲイ氏という、とてもどうでもいい設定。