家族ごっこ−2−
男は刹那の遠い遠い親戚だと言った。
「祖父の弟の息子の妻の兄の息子」
つまりは他人同然。
そんな人間が自分を引き取ると言うのだから、刹那は疑問や疑心を持たずにはいられない。

だが刹那が何かを言う前に、ニールと名乗った男は勝手に話を進めていった。
親族に自分が引き取ることを伝え、葬式や告別式が終わると迎えに来た。
刹那は、自身が承諾もしないうちにあれよあれよと話が進むことに嫌悪した。
この男だって、どうせ金が目当てなのだ。
拾ってほしくない。世話などしてほしくもない。
いっそ施設にでも送ってほしかった。
だが、今更嫌だと言う事も面倒だった。
何より、あの男が自分が引き取ると話した時の親戚のひどく安心したような顔を見て、もう何も
言う気になれなかった。
「まずはお前さんの部屋の道具集めなきゃな」

デザインが随分とレトロな車のハンドルを握りながら、ニールがそう言う。
刹那は助手席の窓から外の景色を眺めていた。

「ベッドだろ、机だろ、タンスにー、あ、あとはマグカップとかもいるな」

窓の外を眺め続ける刹那を他所に、ニールは必要なものを次々と挙げていった。

刹那は、少し苛立っていた。
そもそも今のこの状況だってかなり慌しく、且つニールが勝手に決めたものだ。
告別式が終わったと思ったら荷物を勝手にまとめられ、手を引かれてこの車に荷物と一緒に乗せられた。
そして車を運転し始めたと思えば「部屋の道具を集める」と来たものだ。
全てが勝手すぎて、自由すぎるこの男に、刹那は苛立ちを覚えた。
辿り着いたのは家財道具全般を扱う大手の家具屋だった。
やたらに張り切って車を出る男を見て、刹那は渋々後に付いて行った。
ニールは先ほどの言葉通り、刹那の生活に必要な家具全てを買い集めた。
ベッドのところにいたと思ったら今度はタンス、次には机、とニールは刹那が追い付く間もなく
店内を縦横無尽に動いた。
刹那の苛立ちは募るばかりだった。


「なぁ、お前さんコップどれがいい?」

食器売り場に来て、ニールがそう聞く。
目の前には青・緑・オレンジ・紫の四色のコップが並んでいた。
刹那は何も答えなかった。
疲労感もあったし、何よりコップなんてどれでもよかった。
だがそれでもニールは勝手に話かけた。

「あ、でも緑はダメだぞ、俺が持ってるから」
「…」
「んー、青か、紫か。お前さんオレンジって感じじゃねぇなぁ」
「…」
「なぁどれがいい?おーい、もしもーし、聞こえてるかー?」

目の前でひらひらと振る男の手を、はじき落とした。
渇いた音がその場に響いた。
我慢の限界だった。

「くだらない」

低い、怒気を含んだ声で、刹那がそう言った。

「どうでもいい、コップも、タンスも、ベッドも。そうやっていい人間ぶっていればいい。
そのうちくだらないことに気付く。…馬鹿馬鹿しい」

そう言って、踵を返した。
男の笑顔に腹が立った。
何も気にせず、自分を受け入れようとするその偽善的な態度に嫌気が差した。
どうせすぐに壊れるのだ。
だったら、ベッドを買うことも、コップを選ぶことも、刹那にとっては無意味に等しかった。
言いたいことを言っても、刹那の苛立ちは収まってくれなかった。

「せつなぁー」

数歩歩いてニールとの距離が出来たところで、名前を呼ばれる。
ぴたりと歩みを止め、顔だけそちらに向けた。

「決めた、やっぱ青な!」

そう言って笑う男の顔に、思い切り皿を投げ付けたくなった。



抗議しながらも無理矢理に車に再び乗せられ、揺られる。
着いた、とニールが言って、一緒に降りれば、彼の自宅らしきマンションにたどり着いた。

「今日からここがお前さんの家だ」

そう言って笑う。
刹那は何も返さなかった。
自分の家だなんて、思いたくはなかった。
ここだってどうせすぐに出る羽目になるのだろうから。
翌朝、目を覚ました刹那は制服に袖を通すと、同居人となったニールに挨拶も何もせずに家を出た。
彼が早くに起きて朝食を作っているのは知っていた。
けれど、関わりたくなかった。
あの男は苦手だ。というより嫌いだ。
ずけずけと人の中に踏み込んで来る。
しかも笑顔で、悪びれもなく。
ああいうのは、関わらないのが一番いい。
関わった後、待っているのは大抵面倒事だ。
ニールに引き取られてよかった点が一つだけある。
それは学校を変えなくてよかったことだ。
引き取られる家が変わる度に、通学時間等の都合で学校も変えなければいけなかった。
クラスメイトと別れるのがつらいとか、そういう情に満ちた理由ではない。
ただ単に、授業の内容がころころ変わるのがきつかっただけだ。

ニールのマンションは幸いなことに前にいた夫婦の家と比較的近かった。
だから、それまで通学していた学校もそのままでよかった。
ぼうっと窓の外を見ながら、授業を受ける。
歴史のグラハム・エーカーの無駄話が始まったから、特に聞く必要もない。
昼食前の三限ということもあって、教室内の空気もどこか浮き足立っていた。

校門の外に、どこかで見覚えのある車が止まったのが見えた。あまり見ない、レトロなデザインだ。
嫌な予感がした。
車から人が出てくる。
すぐにでも逃げ出したかったが、まだチャイムが鳴っていないこの状況で教室を飛び出すわけにも行かない。
図ったのではないかというタイミングで、ようやくチャイムが鳴る。
だが遅かった。

「おーい刹那ー!弁当、忘れてるぞー」

あぁ、ふざけるな。
教師内がざわめく。
校門のところでは、ニールが弁当を掲げて笑っていた。

全力疾走で校舎を駆け、校門まで出る。

「ほら刹、」

那、と続けようとしたのだろうが、刹那がそれをさせなかった。
ニールの持っていた弁当を引ったくり、来た道をまた走って戻った。
ただただ、苛立ちに似たものが募った。
教室に戻ると、クラスの人間の視線を集中的に受けた。
自分に向けられる目の数々が、ただうるさく感じた。

「ねぇちょっと刹那!さっきのカッコいい人誰!?」

そう、少し興奮気味に尋ねて来たのはルイス・ハレヴィだった。

「ちょっと、やめなよルイス…」

後ろで、恋人である沙慈が諌めていたが、彼女にはまるで効果がなかった。
答えるのが面倒だった。
同居人だと、口にするのが嫌だった。
刹那は、何も言わずに弁当を持って教室を出た。

向かった先は屋上だった。
昼休みも始まったばかりで、生徒もまばらだった。
人が集まりにくい階段の陰を選んで、腰を下ろす。

面倒だった。
ニールのことも、ニールとこれから暮らすことも、教室に戻ることも。
何もかも面倒に思えて仕方なかった。


彼がわざわざ持ってきた弁当は、その包みすら開けられなかった。
09.06.01


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ニールさん自由人。笑。