はじめまして。 これから、どうぞよろしく 家族ごっこ−1− その場の空気はどこまでも重苦しかった。 いる人間の黒い服装がそれを増長させた。 死者を悼み涙する者。悲しむ者。 参列者全てがそうならよかった。 聞こえてくる声の中には、悲しみの欠片も感じられないものが多かった。 「おばさん達も可哀想に。見栄張って引き取ったりするからこうなるのよ」 「事故だって言うが…本当か?」 「今度は誰が引き取るの」 「ウチは嫌よ。何かあっちゃ困るもの」 「うちだってそうだ。来てもらってたまるか」 「厄介な子よね」 「死神よ、あの子」 それら全てを、親族の席の一番前で、刹那・F・セイエイは黙って聞いていた。 別に、聞きたくて聞いているわけではなかった。 ただ葬式に不相応な声が、やたらに耳に入ってきているだけだった。 亡くなったのは、刹那の世話をしていた夫婦だった。 世話、と言ってもいいのは見た目だけだ。 寝るだけの部屋を与えて、困らないだけの食事を出し、必要なだけの学費を出す。 それだけだった。 家族の愛情とかそういうものを、刹那はあの夫婦から感じ取ったことはない。 ただ、厄介者を見るような目で自分を見て。 それでも刹那を引き取ったのは他の親戚の言う通り彼らの見栄と、そして刹那を引き取った ことによって入ってくる援助金が目当てだった。 刹那の両親は、優しい人たちだった。 いつも刹那に笑いかけて、いつも刹那を大事にしていた。 刹那も両親が好きだった。 温かい毎日が、ずっと続くと、そう思っていた。 それが突然なくなったのは、刹那が十歳の時だった。 親戚の家に行って来ると書置きを残した両親は、帰って来たときにはもう冷たくなっていた。 事故だった。 詳しいことは聞かされていない。元より、当時の刹那に全てを理解することは不可能だった。 ただ、狭い山道で、別の車と正面衝突をしたという、それだけは理解が出来た。 刹那は始め母方の実家に引き取られた。 優しい家族だった。 本当の家族みたいに接してくれた。 けれど刹那が引き取られてから数年して、家が空き巣に入られた。 大事な書類や判子、現金が全て盗られた。 その家族が刹那をこれ以上養っていくことは不可能だった。 次に引き取られたのは、父方の実家だった。 ここでの風当たりはあまりよくなかった。 引き取られた当初から家の中の空気はどこかぴりぴりと張り詰めていた。 張り詰めていたものが壊れたのは、刹那が引き取られて二年程経ってからだった。 夫の浮気が発覚して、父の兄夫婦は離婚することになった。 刹那はどちらにも引き取られなかった。 どちらも引き取ることを嫌がった。 兄夫婦と同居していた父の父、つまり刹那に当たる祖父が引き取ると話してくれて、一度話はまとまったが、 その祖父はすぐに亡くなってしまった。 そうやって刹那は、親戚の家を転々と渡り歩いていった。 けれど引き取られた家では、必ず何かが起きた。 刹那は、親族の間で忌み嫌われるようになった。 刹那を引き取ろうとする親族は減り、ようやく引き取ってくれたこの夫婦も、先日事故で亡くなった。 刹那自身、もううんざりしていた。 自分を腫れ物のように扱う親戚にも、引き取られる度に起こる何かにも、そして、それを引き起こす、自分自身にも。 刹那はこの六年で嫌という程実感した。 家族なんてものは、結局は簡単に壊れるのだと。 自分を置いて逝った両親も、空き巣に遭った母の実家も、離婚した父の兄夫婦も、先日事故で死んだ夫婦も。 全部、いとも簡単に壊れた。 そんなに簡単に壊れるのであれば、それを持つことに意味はない。 不必要なのだ。 人の温もりも、優しさも、全部、面倒なだけだ。 「だから、ウチは嫌だって言っているでしょう!?」 「そんなこと言ったって、もう引き取れるところはアンタのとこぐらいだよ」 「金が入るんだ、文句言うなよ」 親族の、薄汚い本音達がその場に響いた。 静かに、葬儀場の中に一人の男が入ってきた。 誰も彼の存在には気付かなかった。 自分達の話の方が、よっぽど大事だったから。 男は、親族が上げる金切り声に眉をひそめ、嫌悪感を露にした。 コツリコツリと革靴が歩を進める音が鳴った。 音は、刹那の目の前で止まった。 刹那は男の存在に気付いたが、顔を上げることはなかった。 面倒だった。何にも関わりたくなかった。 男は屈み、刹那と視線を同じにした。 それでようやく、刹那は男の顔を見た。 柔らかなブラウンの、ウェーブのかかった髪に、綺麗な碧色の眼。 その眼差しは優しかった。 「初めまして、だな。俺はニール・ディランディ。 お前さん、行くとこないなら、ウチに来いよ」 男は柔らかく微笑んで、そう言った。 それが、出会いだった。 09.05.31 ―――――――― 予定を変更して連載します。 どのくらいになるかは不明。(無計画! |