広い広い世界の、ほんの少し光り輝く場所で、僕は君に出会いました。
Beautiful World−1−
「あ、ロックオンちょっとココ寄ってってもいいっスか?」

そう言って、同僚のリヒテンダールが指差したのはそれほど大きくないレコード店だった。

仕事帰りに同僚と夕食を共にしたニール・ディランディが、その帰り道にそのうちの
一人であるリヒテンダールと他愛もない話をしながら帰路に着いていた、その最中だった。
ロックオン、というのは、彼が職場内で付けられたあだ名だ。

ニールはレコード店に特に用事はなかったが、だからと言って急いで帰る理由もなかった。
だから、「いいぜ」と軽く返事をして、リヒテンダールと一緒に店に入った。
雑居ビルの一階。気軽には立ち寄れなさそうな、そんな雰囲気すら、ニールは感じた。
店内に入ると、最近出たばかりの、若い歌手の歌声が響いていた。
最近の曲はあまり積極的に聞かないニールでも、その程度のことはわかった。
陳列してある商品をちらほらと見ながら、ニールはリヒテンダールの後ろを少し離れて着いて行く。
ニールはいつも通りの速さで歩いていたが、リヒテンダールはどこか嬉々とした様子で店内を進んで行った。
そうして彼が足を踏み入れたのは、「18歳未満立ち入り禁止」と書いてある、きついピンク色をした暖簾の
向こうだった。
ニールは一瞬だけ躊躇ったが、外で一人で待っているのもなんだか気が引けて、暖簾の奥へ入った。

そこに入った途端、やはり空気が独特なものである気がした。
やたらにごちゃごちゃした空間。色使いとかが、そう感じさせるのかもしれない。
不思議なものだ。
ピンクの暖簾一枚で、同じ空間のはずなのに、それを感じさせなくする。
ちらりとニールが陳列してあるDVDを見ると、「若奥様は痴女」だとか「保健体育特別授業」だとかいう、
まぁ、率直で中身がわかりやすいタイトルが視界に入ってきた。
ニールはそれらを手に取ることもなく、とりあえず先にここへ入ってきたリヒテンダールを探した。
少し歩いて、ニールはある戸棚の前で、一つのDVDを手に取っているリヒテンダールを見つけた。

「コレっすコレ!」

そう言ってリヒテンダールがニールに見せたDVDには、ほとんど役目を果たしていないセーラー服を着た、
印象的な赤褐色の眼をこちらに向けた少女がいた。

「刹那・F・セイエイ…?」

DVDに書いてある、おそらくこの少女の名前であろう文字を、そのまま読む。
するとリヒテンダールは満足げに笑った。

「今日発売だったんスよー。ここならあると思って!」
「お前、こういうとこで直接買ってんのか…?ネットとかで買えばいいのに…」

ニールがそう言うと、リヒテンダールは小さく鼻で笑ってみせた。

「甘いっスよロックオン!ネット通販なんて、発売日当日に来る確率結構低いんス。
だからこうやって、直接自分の手で買った方が確実なんスよ!」

そんなに得意気に話すことか?
思わず口からこぼれそうになった言葉を、ニールはなんとか飲み込んだ。

「…で、お前はコレがほしかった、と」
「そうっス!最近出てきたばっかなんスけど、いいんスよこの子が!」

そう言ってニールにDVDのジャケットを向ける。
褐色の肌に癖のある黒髪。
訴えるようにこちらに向けてくる赤褐色の瞳は、扇情的だった。
だが、ニールは少女に物足りなさを感じた。
それは、この類のものに出る女性に、なくてはならないもの。

「あんま、でかくないんだな胸…」
「あ、いいとこ気付いたっスねロックオン!そうなんスよ、この子AV女優にしてはあんまスタイル良くないんすよ。
痩せてるし、胸もあんまりでかくない。だからキカタン女優なんスよ」
「キカタン…?」

聞き慣れない言葉に、ニールは首を傾げた。
そのニールの様子に、リヒテンダールはひどく驚いた顔を見せた。

「知らないんスか…!?…あ、まぁそうっスよね。ロックオンみたいな、呼ばなくても女の子がほいほい
釣れるような人には、こんなの必要ないっスもんね」

恨めしげな視線を、ニールは向けられる。
何も悪いことなどしていないのにそんな気分にさせられてしまった。

「俺だって見るっつの。それに女の子は呼んだ覚えも釣った覚えもありません」
「またそうやっていい男ぶる!いいっスね、顔がいい男は何しても許されて!」

ほとんど八つ当たりに近いリヒテンダールの言葉を、ニールはなんとかかわす。
相手にしてはいけないということは、もう身を持って体験済みなのだ。

「で、そのキカタンがなんだって?」
「あぁ、そうっスね。
そもそもAV女優っつうのは、単体女優と企画女優、そんで、キカタン女優の三つに分けられるんス。
単体女優は見た目が良くて、名前が出回る。一般的には、こっちをAV女優って言うんス。
で、企画女優っていうのは、作品の中身重視のものに出るんス。だから、出てる女優そのものよりも、
作品自体の方がメインなんスよ。
企画女優っていうのは基本的に名前が世間に出回らないんス。
大体はスタイルが良くなかったり、見た目がそんなよくなかったり。あとは、名前出したくない場合もこっちっスね。
で、最後のキカタン女優。これは要は、単体女優と企画女優のちょうど中間なんス。
つまり、見た目が良くて、でもって企画モノに出てる。
元々は企画女優だったのが、単体女優並みに人気が出て名前が売れたのを、キカタン女優っていうんスよ」

「………お前、詳しいな…」

呆れに近い尊敬の言葉を、ニールはぽつりとこぼした。
リヒテンダールは「それほどでもないっスよ」と、少し照れくさそうに頭を掻いていた。

「んでー…その刹那・F・セイエイが、そのキカタンだと?」
「そうっス。見た通りスタイルあんまよくないから最初企画モノに出てたんスけど、顔がいいし、演技も
上手いから一気に名前出回るようになったんスよ」
「ふーん…」
「『ふーん』て!あからさまに興味なさそうな!」
「いや若いのに大変だなぁと思ってさ…」
「AV女優なんてみんな若いんスよ!ロックオンは何にもわかっちゃいない!」
「いや別にわかろうとは…」
「わかったっス!それならロックオンにコレ、貸すっスよ!」

そう言ってリヒテンダールが気を荒げたまま鞄から取り出したのは、紙袋だった。
正確には、紙袋に入った、DVDだった。
ジャケットにはあの少女が、今度は病院にある診察台に横になってこちらを見ていた。
大きくはない、と言っても普通の、このくらいの歳の子よりはあるであろう胸が、おしげもなく出されている。

「…お前、会社にこんなもん持って来てんのか…」

ニールの眼はもはや呆れも通り越して危ないものを見るような、そんな様子だった。
リヒテンダールは、その視線を全力で振り払った。

「違うっス!これは今日たまたまラッセに貸してたの返してもらったんス!」
「…ラッセも見るのかこういうの…」
「偏見っスよ!男は誰だってこういう類が必要なんス!必要でないのは、ロックオンみたいな人間だけっス!」
「いやだから、俺だって見るっつの…」
「だったらどーぞ!それで、彼女の魅力を存分に知ってください!」

ほぼ強制的に渡されたDVDは、もはやリヒテンダールの気迫のせいで返す気にもなれなかった。
仕方ない、とばかりにニールはそれを鞄の中にしまった。
なんだか急に、鞄が別の物になった気すらしてしまった。
別に、そういう類が苦手だとか嫌いだとかいうわけではない。
ニールとて男だ。
溜まった性欲や熱を発散させるのに、そういうものは自ずと必要となってくる。
ただ、それほど切望している、というわけでもなかった。
リヒテンダールと別れ自宅のマンションに着いたニールは、リビングに鞄を投げて一先ずシャワーを浴びた。
一日の疲れとか色んなものを、綺麗に洗い流してしまいたかった。
シャワーを浴びた後ニールはリビングのソファに身体を預けた。
値は張ったがやはりいい素材を使っているそれは、ニールのお気に入りだった。
包まれるような感覚に陥ったニールの意識は、そのまままどろみ始めた。
寝室に行かなければと叱咤しようとしても、身体は思うように動いてくれない。
どうやら思いの他疲れているようだった。
鞄の中にある彼女の存在はもう、その時は頭の片隅にもなかった。
翌日出勤してリヒテンダールに感想を求められたが、DVDの存在自体、朝ようやく思い出したので
それはそれは責められる羽目になった。
今日見るから、と宥めて、恨めしそうな視線を残したまま彼は納得したようだった。


取引先との話し合いが夕方に入っていて、ニールは会社を出た。
時間が時間だっただけに、直帰することを上司であるスメラギに伝えた。
去り際に、リヒテンダールに「DVD…」とぼそりと念を押されてしまった。


今回の商談はどうやら上手く行きそうだった。
一安心して、ニールの足取りも自然に軽やかなものになった。
今日は久しぶりにウィスキーでも出して一人で賞賛会でも開こうかと思った。
その時だった。
路地の角から人が急に姿を見せ、避けることも叶わずに衝突してしまった。
相手は自分のスピードのせいで思いの他ニールにぶつかった衝撃が大きかったようで、それに耐えられず
地面に倒れこみそうになっていた。
反射的にそれを阻止しようとニールは手を伸ばし、相手の腕を掴んだ。
その腕の細さと衝撃の小ささで、ぶつかって来た相手が少女だということを知った。

「ごめん…っ悪かったっ」

ニールが腕を掴んだおかげで少女は地面に倒れこむことはなかった。
少女が、顔を上げた。
その瞬間にどくりと、ニールは心臓が鳴ったような気がした。
黒い癖毛に褐色の肌。
何より、力強い赤褐色の瞳に、眼を奪われた。



どこかで見たことのあるような気がした少女を、この時はまだ、思い出すことがなかった。
09.08.20


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書いてしまいました。爆。
書いてる本人が楽しいだけかもしれません。
ここのせっちゃんのバストはD70くらいだと思っててください。(…
AV女優に関しての説明は、ウィキペディア参照です。