ずっと傍にいるよ
この蕾が咲いてそして枯れても、ぼくはきみの傍にいたい−9−
警報が艦内で鳴り響いた。
部屋にいたままの刹那とライルは部屋を飛び出し、それぞれの機体に乗り込んだ。
発進する直前、刹那に通信が入った。
ライルが、まっすぐに刹那を見ていた。

「せつな」

その、名前を呼ぶ声は、今はひどく心地がいい。

「約束だ。生き残ろう」

もう迷いは一つもない。
生きて、またこの男の胸に還ろうと、そう決めた。
アロウズの艦隊は反旗を翻した者達やカタロンの軍勢がそのほとんどを相手にしていた。
サブディスプレイに、次々とアロウズの艦隊が堕ちて行くのが示されていた。
刹那は視線をメインモニターに移し、自らに向かってくるガラッゾ・ガデッサに銃口を向けた。

いつの間にか戦闘領域から離れていたライルのことが、ただ気がかりだった。
最初にガラッゾ、次にガデッサにビームサーベルを突き立て、爆散したのを確認する。
熱源反応がないことに安堵のため息を吐いた。
無傷では済まず、オーライザーや機体本体も痛手を負ったが、まだ戦える。

そう思ったときだ。
軽い電子音で、通信が入ったことを知る。
張り詰めたフェルトの声が、コックピットで響いた。
嘘だと思いたかった。
そんなことは、何か悪い冗談だと。
だって、約束したのだ。

「生き残る」と。


『ケルディムが敵MSと交戦の末、損傷甚大』

叫びたいのを必死で抑えたようなフェルトの声が、いつまでも頭に残った。
トランザムを使用したいくらいにプトレマイオスとの距離がもどかしかった。
プトレマイオスに帰還すると、ケルディムも格納された直後であったようだった。
格納庫は普段に比べると格段に騒がしい。
それが心臓のうるささを増長させた。
ヘルメットを脱ぎ捨てて、コックピットを飛び出した。

視界に映ったのは、血で染まったモスグリーンのパイロットスーツだった。

「ライル!」

その名前を呼ぶ。
大地の色の髪も、血でべっとりとしていた。
刹那の声に反応して、うっすらと、空色の瞳が見えた。

「…った、まっ、た…」

弱々しく手を挙げ、ライルは担架で運ぼうとするラッセ達の動きを止める。
それに反発したのはスメラギだった。

「何言ってるの、早くメディカルルームに…!」
「…い…から、少し、だけ。……せつ、な」

切れ切れに名前を呼ばれ、その挙げられたままの手を握った。

「ここに、いる」

出来るだけ早くメディカルルームに行ってほしいのは刹那も一緒だった。
だが、今だけは、ライルの言葉に耳を傾けなければいけない気がした。

刹那がすぐ傍にいたことに、ライルはうっすらと笑った。

「もう、だいじょうぶ、だから…な。アイツ…もう、いないから…だからもう、 何にも…怖いことなんか、ないからな…」

一瞬で、理解した。
「アイツ」が、アリー・アル・サーシェスを示すことが。
喉がつまりそうになった。
あの男を倒すために、こんなになってまで戦ったのだ、この男は。
ライルの気がかりは、あの男の存在、それだけだった。

刹那が自分を許さないのも、自分を責め続けているのも、戦いに身を置いていなければいけないのも。
全ては、あの男、アリー・アル・サーシェスの存在があるからだと思った。
あの男は自分の全てを奪った。
大切な家族も、唯一の肉親だった双子の兄も。
だからこれ以上、あの男に大切なものを奪われたくはなかった。

きっとあの男が生きている限り刹那は自らの幸せなど選ぼうとはしないだろう。
例え自分を受け入れても、きっと心のどこかで自身を責め続けるはずだ。
家族をテロに遭わせたことを未だに悔やんでいることが、その証拠だった。

もう、解放してあげたかった。

だからサブモニターにあの男の機体が映った時、迷わずに銃口をそこに向けた。
例え約束を破ることになっても、それでも。

彼女が、本当のしあわせを掴めるように。
もう、苦しむ必要などないように。
はらはらと水滴が半重力の空間に広がった。
刹那の目から、後から後からそれが溢れていた。

「…っ馬鹿だ、お前は…!」
「ひっでぇ…なぁ。がんばったんだぜ、俺…」

身体の傷に顔を歪ませながらも、ライルは笑みを作った。


「…な、かせて…ごめ…な」

握られた手を解き、刹那の頬にそれを添える。


誰も、動けなかった。
早急にメディカルルームに運べば間に合うかもしれないというのに。

だって、笑ってるのだ、ライルは。
今にも死にそうな深手を負いながら、それでも穏やかに満足そうに笑うのだ。
そこに踏み込むことが出来なかった。
侵してはいけないと、本能が働いているようだった。


「…せつな…俺…」
「もう、いい…!もう話すな!わかった、から…」

ふるふると、刹那は頭を横に振る。
きっとこれ以上話せば、手遅れになってしまう。

「…っ俺を、置いて行くな…!約束しただろう!」

嫌だった。
ニール・ディランディのように、この男を失うのが。
怖くてたまらなかった。

「置いて行くな」というその刹那の言葉に、ライルは困ったように笑った。

「…ご…めん、な…」

刹那は頬に添えられたライルの手を力強く握った。
どこにも離れてなど、行かないように。


「兄さん、と…ずっとそばで見守って、る…から…。…だから、いきて…。

…どう、か…しあわせ…に…」
するりと、刹那の頬に添えられた手が離れていった。


格納庫に響いたのは、刹那の声にならない叫びだった。
きみが、どうかひかりのさすあしたにいられますように
09.03.24


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