すきだよ
この蕾が咲いてそして枯れても、ぼくはきみの傍にいたい−7−
最初に欠けたのは、温厚な彼だった。

艦隊から放たれたミサイルから、大切な彼女を庇ったためだった。
けれど彼女も、一緒に逝ってしまった。


次に欠けたのは、再会してから反りが合うようになったパイロットだった。

敵軍の攻撃を受けまともに操縦すら出来ないガンダムで、プトレマイオスを守った。


みんな、泣いた。
けれどいつまでも泣いていることは、許されなかった。
戦術予報士は、気丈に振舞った。


残された戦力は、二人。
オーライザーに乗っていた彼は、元々この組織の人間ではない。
それに、彼が戦う理由は、もうない。
だから刹那はスメラギに彼を乗せないよう進言した。
スメラギも、首を縦に振った。
アロウズの攻撃が一時休まり、プトレマイオスの中もようやく一息付けるまでに至った。
艦は、どこまでも重い空気に包まれていた。
悲しんでいる暇はないという感情が、溢れ出ているようだった。
ダブルオーの整備をしている最中、刹那は聞き慣れたその声に呼ばれた。
視線は、整備端末に向けられたままだった。

「刹那」

半重力を利用して、刹那の傍まで来る。
視界には入っていたが、刹那は決して、目線を上げようとは思わなかった。

だから、ライルの表情など見れなかった。


「せつな」

先ほどよりもずっと甘い、けれど重たい声で呼ばれ、思わず刹那は肩を揺らした。
その声は、苦手だった。
観念してちらりとだけ視線を上げると、そこにはいつもの飄々とした表情はなかった。

まっすぐに、自分を見る眼。

そのせいで、視線を戻すのを忘れて、ライルの視線とかみ合った。
慌てて視線を逸らした。
たぶんあの眼を見続けたら最後、取り戻したギリギリの壁が音も立てずに崩れていく。
この男を近づけてはいけないと、改めて誓ったばかりなのに。

「そろそろもう言えなくなるだろうから、言いたくて、さ」

少し和らげた声でライルが言う。
刹那の胸が、ぎしりと音を立てた。

聞いてはいけない。
けれど、聞いていたい。

おそらく崩れかけているであろう壁を、それでも刹那は必死で取り持とうとした。

「せつな、俺、」

『クルー全員に通達します。直ちにブリッジへ集合してください。
繰り返します、』

ライルの声を遮るかのように、どこか張り詰めたオペレーターの声が響いた。
刹那は、そのことに安堵も落胆もした。
ライルは諦めたようにため息を一つ吐いて刹那から視線を外した。

「仕方ない、行くとするか。
これがたぶん、最後のブリーフィングだろうからよ」


最後。

ライルがその言葉を発した瞬間、刹那の胸がどくりと鳴った。

この男に会うのも、きっともう終わりが近い。
そう思うと、刹那の中で、壁がまた少し崩れていった。

刹那はそれに気付かぬ振りをして、ライルに続いてブリッジへと向かった。
ブリッジのスライドドアをくぐれば、既にそこには沙慈を含めた残ったクルー全員が顔をそろえていた。
見知った顔がいないことに、刹那は改めて仲間が欠けてしまったことを実感した。

スメラギから戦術予報が伝えられ、そこにいる人間が一様に首を縦に振った。
最後に、戦術予報士は言った。

「生き残れ」、と。

咎を受けるべき自分達に生き残れという言葉は余りに矛盾していた。
だが、全員、これにも首を縦に振った。
ここで死ぬべきではないと、全員が思っていた。


一度解散が告げられ、各々が動き始めた。
刹那はブリッジを後にしようとスライドドアをくぐったが、そこで腕を掴まれた。
振り返ると、ライルがいた。
思わずブリッジにいたままのフェルトを見た。
彼女は、ほんの少しだけ悲しそうに微笑んで、首をゆっくりと上下した。
最後。



ただ、その言葉が刹那の脳裏をよぎった。


まっすぐとした空色の瞳からは、もう視線は動かすことが出来なかった。
09.03.13


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