守らせてやりたかった。 この蕾が咲いてそして枯れても、ぼくはきみの傍にいたい−5− ルイス・ハレヴィが死んだのは、アロウズとの交戦が激しくなる一方の、その最中だった。 彼女は、ダブルオーに向けて発射されたアヘッドからのビームライフルを自らに受けた。 アヘッドのパイロットの男は、「何故」とただ人形のように繰り返していた。 トランザムの中で届いた彼女の最後は、彼に向けた謝罪と、そして、愛の言葉だった。 彼女の名前を叫ぶ彼の声が、戦場に響いた。 刹那は、沙慈に掛ける言葉が何一つとして見つからなかった。 ただ、守るべき人間を失い、全ての目的を失くした彼を見ていることしか出来なかった。 守らせてやりたかった。 自分と同じ道を踏んでなどほしくなかった。 彼の死んでしまった姉も、彼の穏やかだった生活も、彼女の無くなってしまった腕も、何もかも戻りはしない。 だからせめて、生きている彼女だけでも、彼に取り戻させてやりたかった。 なのに。それなのに。 「…すまない」 視線を落とし、何もかも受け付けようとはしない沙慈に、ぽつりと、刹那は言った。 それくらいしか、言う言葉が思いつかなかった。 殴られてもよかった。罵られてもよかった。 彼女が戦場に行かなければならなかった原因は、自分にもある。 沙慈は何も応えなかった。 拒絶すらしているように見えた。 刹那は踵を返し、その場を去ろうとした。 「刹那が、悪いんじゃ、ない」 消え入りそうな声で、しかしはっきりと、沙慈がそう言った。 「ルイスはきっと帰りたがってたんだ…。戦いなんかしたくなかった。元の生活に戻って、また笑いたかったんだ。 僕が…僕が守れなかった。守ってやらなきゃいけなかったのに、僕が…っ!!」 半重力のその空間に、大きな滴がいくつもいくつも浮いた。 刹那は、そこに居る事すら出来なくなった。 ルイスを守れなかったと自分を責める沙慈を、それ以上見ていられなかった。 ただ黙って、そこを足早に去った。 何も考えずに艦内を漂い、気付けば宇宙空間の広がるラウンジに出ていた。 頭の中で、ただ「彼」が笑う姿が思い浮かんだ。 涙は出なかった。 元より泣き方などとうに忘れた。 ただ、胸が締め付けられるほど、痛かった。 彼が散った宇宙を、直視出来ずにいた。 「刹那」 呼ばれたが、刹那は振り向かなかった。 今、一番会いたくない人間だった。 ライルは、振り向かれないことなど元より承知だったのだろう。 黙って、刹那の隣に足を下ろした。 刹那の視線は床を向いたままだった。 ライルにその表情を見られまいとすらしていた。 そんな刹那の気持ちを知ってか知らずか、ゆっくりと、丁寧にライルは刹那の頬に触れた。 それでも刹那の肩は揺れた。 見られたくなどなかった。 触れてほしくなどなかった。 一度さらけ出してしまえば最後、きっとなし崩しになって、自分を止められなくなる。 そんなこと、許されない。 自分を許したくなど、ない。 「お前は、何でもかんでも自分で背負いすぎだ。何か吐き出したって、そんなもん、罪になんねぇよ。 たぶん兄さんも、同じように思ってる」 それは決して刹那に吐露を強いるものではなかった。 ただ、刹那の心に土足で踏み込まない、やさしい言葉だった。 「守らせて、やりたかったんだ」 ぽつりと、刹那が言った。 ライルはただ、「あぁ」とだけ、相槌を打った。 「本当に大切だったことを知っていたから。 どれだけ、失くすことがつらいかを、知っていたから」 ライルはただ相槌だけを打つ。 抑揚のない、けれどやさしいそれが、刹那の吐露を促した。 「ひどいエゴだとはわかっていた。失ってほしくなかったなんて、そんな勝手な理由でアイツを戦場に立たせた」 自分と同じ道を歩ませたくないなんて、そんなもの沙慈には一切関係ない。 自分の勝手な望みを、彼の望みに上乗せさせただけだ。 なんてずるい。 けれどそれでも、生きて、会ってほしかった。 ライルは、また相槌だけ打った。 そして、刹那の頭に手を添えて、そっと自分の方へ寄せた。 刹那は、何も拒まなかった。 「それでも彼は、嬉しかっただろうよ。 刹那が、彼女を取り戻せるように、手を差し伸べてくれて」 手袋越しに伝わる体温が、ひどく暖かかった。 感じる温もりが心地いいと感じていることが、ただ怖かった。 許してはいけないと、自分を抑えるしかなかった。 09.02.23 ―――――――― ルイスを撃ったのは小熊という鬱設定。 |