揺るがない、何があっても。 この蕾が咲いてそして枯れても、ぼくはきみの傍にいたい−4− 刹那が半重力状態のプトレマイオスの通路を通り、食堂に差し掛かると、ちょうど、沙慈と鉢合わせた。 彼も食事の時間らしかった。 ここ数日はアロウズの攻撃が激しく、出撃回数が大幅に増えていた。 以前ほど決まった時刻に食事は取れない。各々、食べれるうちに、という状態だった。 二人とも視線を合わせただけで何も言わなかったが、自然に向かい合わせに腰を下ろした。 食事が始まっても二人は無言だったが、沙慈は、時折刹那に視線を向けていた。 大切なものを失った彼女。 それは、自分と何ら変わりない状況。 それでも彼女は現実に絶望せずに、戦い続けている。 それしか出来ないから、と以前彼女は言っていた。 何故。どうして。 「なんだ?」 突然、刹那の声がした。 気付けば視線がしっかり噛み合っている。 反応が、ずいぶん遅れてしまっていた。 「見ていただろう。何か、用か?」 「え、あ…いや、用って、わけじゃ…」 沙慈の歯切れの悪い返事に、刹那は小首を傾げた。 別に責め立てるような様子のない刹那の視線に、沙慈は、本当に彼女は変わったのだと実感した。 以前は視線を送っただけでよく睨まれたものだった。 彼女のそういう、何気ない仕種すら変えてしまった存在。 彼女の、大切な人。 「どうして君は、戦えるんだ?」 気付けば口にしていた。 刹那は、目を丸めた。 どういう意味合いでそう聞いたのかわからなかったのだろう。刹那は、何も答えなかった。 「君だって大切な人を失くしてるんだろう?なのにどうして…戦えるんだ?」 まっすぐに。 ただただまっすぐに、己の進むべき道を歩き続ける彼女。 脇目も振らずに、まるでそれしかないみたいに。 沙慈の言葉に、刹那の目が見開いた。 その意図を知った。 「フェルトさんから、聞いた…。四年前に、亡くなったって。 どうしてだ?だって、知ってるだろう?大切な人がいなくなった悲しさが、どれくらいのものかって…。 なのに、なんで」 「だから、だ」 刹那が、言った。 沙慈は言葉を止めざるを得なくなった。 刹那の瞳が、まっすぐに沙慈を捉えていた。 「お前の知っている通り、俺はお前の言う大切な人間を失った。 だがだからこそ、戦うんだ」 失ってしまった、からこそ。 「なんで…!」 「そうしなければ、アイツの望む世界が、本当に失われてしまうから」 「望む、世界…?」 「平和を、望んでいたんだ。誰もが紛争や争いで悲しむ必要のない世界を、誰よりも望んでいたんだ。 大事な人間を失うつらさを、誰よりも知っていたんだ。 俺はこの手で、アイツの望んだ世界を創りたい」 これ以上彼と同じような人間を増やさないために。 「君がそうやって理想を追い続ければ、きっとまた人は死ぬ…」 「わかってる」 「その死んだ人にだって、大切な人がいるんだ…」 「あぁ、そうだな」 それでも。 それでも彼女は、戦うことをやめない。 それがどんなに独りよがりなものだとしても、守りたいんだろう、と思った。 「彼」が残した想いを。 その人自身をもう守ることの出来ない、その代わりに。 「すごいね、刹那は…強い」 「そんなことはない。…俺だって、揺らいでいる」 「え…?」 ぽつりと漏らした言葉が引っかかり沙慈は刹那を見たが、何事もなかったかのように立ち上がり、「なんでもない」と否定した。 「沙慈」 食堂を去る間際、刹那は顔だけ沙慈に向けた。 「俺が強いと言うのなら、きっとお前だって、強い」 彼女を取り戻すと、守ると、そう、決めたのだから。 スライドドアが静かに開いて、刹那はそのまま食堂を後にした。 沙慈は、しばらく刹那の去った後のドアを見つめていた。 そして思った。 ――生きているのならば、会うことが出来る。 ルイスを、大切な彼女を守らなければいけないと思った。 大切な人を失っても尚、戦い続ける彼女の分まで。 そう、思っていた―――。 (出来ると、信じていたんだ) 09.02.17 |