戦う彼女

引き金を引けない僕
この蕾が咲いてそして枯れても、ぼくはきみの傍にいたい−3−
沙慈がプトレマイオス内の休憩室を兼ねた一室に入ると、そこには先客がいた。
ピンクの独特の色合いの髪を持つ、オペレーターだった。
普段イアン以外の艦内の人間とほとんど会話を持たない沙慈にとって、あまり芳しくない状況だった。
出来れば後ずさりしたかったが、彼女がこちらに気付いてしまったせいで、それも出来ない。
仕方なく、彼女と背中を向け合った状態で距離を置いて座った。
ただ流れるのは、沈黙のみ。
沙慈にとっては気まずいことこの上ない。
しばらくすると彼女は黙って立ち上がった。
去るのだろう、そう思うと、今まで重たかった胸がすっと軽くなった気がした。
だが彼女は、部屋から出ることはなかった。

「はい」

差し出されたボトルに、沙慈は目を丸める。
視線を上に上げると、彼女が微笑んでいた。
途端に、彼女が去ることに安心した自分が嫌になった。

「あ、りがとう…えと…フェルト、さん」

記憶を辿り、なんとか彼女の名前を呼ぶ。
当たっているのだろう。彼女は目を細めて笑い、沙慈の隣に腰を下ろした。

「ここにはもう、慣れた?」
「えーと、前よりは…」

沙慈が成り行きでプトレマイオスに乗ってから、早いものでもう半年近くが経つ。
慣れたといえば慣れた。
慣れざるを、得なかった。

歯切れの悪い返事だったが、フェルトはそれに対して笑顔を見せただけだった。

「刹那とも、最近はよく話すね」
「あ、まぁ…整備の関係もあるし…オーライザーにも乗るし…」

沙慈がルイスを取り戻すことを決意してから、二人の関係は以前よりも柔らかいものになった。
他愛もない話も、それなりに出来るようになっていた。
フェルトはそのことを喜んでいるようで、笑って「よかった」と言った。

「昔よりも、よく刹那の方から話しかけてくれるし…」

彼女のことなら話題がある、と、沙慈は話を広げた。

「そうだね。昔は今よりもっとしゃべらなかったし、笑わなかった」

彼女の変化の影に、現在狙撃型のガンダムに乗っている彼の、双子の兄の存在を、フェルトは沙慈に話した。
その人はどうしたのか、と何気なく尋ねると、彼女は顔を曇らせた。
四年前に亡くなったことを、フェルトは絞り出すように答えた。

「刹那は最初誰とも話そうとしなかったの。でも、ロックオンはすごく気にかけてて。
誰にでも優しかったけど、やっぱり、刹那に一番優しかった。
刹那もね、ロックオンになら、気を許せるようになっていったの」

思い出の中を探るように穏やかに話すフェルトの言葉を、沙慈はただ黙って聞いていた。
彼女の表情でわかった。
きっと刹那にとって、「彼」は特別だったのだ、と。

「二人はたぶん、お互いをすごくすごく、大切にしていたの」

笑っていた。
でも、悲しそうだった。
きっと彼女も、刹那と彼の関係を喜んでいたのだろう、そう、沙慈は思った。
刹那も、大切なものを失っている。
それなのに前を向いて、戦っている。
真似出来ない強さだった。


「沙慈くんも…大切な人がいるんだってね」

刹那から聞いた、とフェルトは付け足した。
沙慈は、敵軍にいるであろう、彼女を想った。

「頑張って。沙慈くんがその人を守れるように、応援してる」

生きているならば、会うことが出来る。

いつだったか彼女がぽつりと言った一言を思い出した。
彼女はもう、大切な人に会うことは叶わない。
願って、くれているのかもしれない。
大切なものを失った自分の代わりに、守りたいものを守ってほしいと。

「ありがとう」

沙慈がそう言うと、フェルトは笑って、部屋を後にした。
ただ失うことの悲しさを知って尚、戦う彼女が、とても哀しく思えた。
09.02.15


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