人の噂も七十五日。 ティンパニは軽やかに 噂はすぐに広まる。 曰く、「刹那・F・セイエイが飲み会の日に年上の女をお持ち帰りしたらしい」 曰く、「しかもすごい美人らしい」 学科で執り行われた飲み会で刹那が隣の個室にいる女性を連れて帰った日の次の登校日には、学科を飛び越えてこの話が広まっていた。 無口で無表情。何を考えてるかわからない。しかし容姿はいい。 そんな彼に女性関連の話が出てくれば、特に興味のなかった人間でも、耳にした途端感嘆の声を上げた。 噂のほどを確かめようと工学部までわざわざ足を運ぶ人間まで現れた。 学内の図書館で、刹那は一人机に向かってペンを走らせていた。 物理学実験のレポートの仕上げをしていた。 試験前ではない為に図書室は和やかな空気で、少なからず私語もあったが、刹那は別段気にする様子もなく黙々と手を動かしていった。 こつこつ、と向かいの机がノックされ、刹那に気付かせる。 顔を上げれば、同じ学科のフェルトがそこにいた。 「いい?ここ」 「あぁ」 そんな簡単な会話を交わし、フェルトは刹那の向かいに腰を下ろした。 「もうレポートしてるの?」 「早くやらないと忘れる」 「再来週締め切りなのに」 「あまり先延ばしにしたくない」 淡々と、交わされる会話。 普段学科内の人間と交流をほとんど持たない刹那だったが、親しい人間がいないわけでもない。 フェルトもその一人だ。 特に彼女は、刹那に似てどちらかというと人と関わるのがあまり得意ではない。 似たような性格の二人だから、一緒にいるのは楽だった。 フェルトも刹那と同じようにレポート用紙を取り出し、ペンを走らせ始める。 しばらくはカリカリというペンの音しかしなかった。 「綺麗な人だったね」 「?」 「飲み会の、時の」 そう言われ、それが恋人であるニールのことだと気付いた。 関与しないところで噂が広がっていること自体は、刹那の耳にも少なからず入っていた。 だからといってどうするわけでもない。 騒ぎたければ騒げばいい、という感じだった。 ただ同じ学科のクリスティナやリヒテンダールにあれこれ掘り下げられたのは少し疲れた。 視線をレポート用紙からフェルトに向ける。 彼女もペンを既に置いていた。 「…恋人?」 「あぁ」 「…そっか」 それで、会話が途切れた。 刹那はまたペンを動かし始めたが、フェルトは刹那を見たままだった。 「会ってみたいな」 フェルトのぽつりと言った一言に、刹那はペンを止める。 「会って、どうする?」 「どうしよっか」 「…何だそれは」 意図の掴めないフェルトの言葉に、いぶかしげな顔をする。 フェルトはくすくすと笑って、視線を机に戻した。 刹那もそんなフェルトに釣られて、またペンを動かし始めた。 しばらく経って、二人ほぼ同時にペンを置いて、帰り支度をする。 特に会話はない。 中庭に出たところで、刹那は見覚えのある背格好の人間を見つけた。 「刹那」 こちらに向かって小さく手を振っている。 学生に交じって肩身が狭いのか、ニールはあまりいい顔はしていない。 けれど半日ぶりに会う恋人に、自分は少なからず心が穏やかになった。 「ちょっと、残念」 またぽつりと、フェルトが言ったのが耳に入った。 見れば、言葉通り残念そうに笑っている。 「何がだ?」 「一緒に帰れるかと思ったから。だから、ちょっと、残念」 「…?」 意味がわからない、とばかりに刹那は小首を傾げた。 くすくすと、フェルトは笑うだけだ。 「じゃあ、また明日ね」 「…あぁ」 そう言って、フェルトは別の方向に向かって歩き出した。 疑問は残ったままだったが、おそらく考えてもわからないだろう。 だから、自分を待っている大事な恋人の元へ足を進めた。 「…刹那」 「何だ?」 「…手、繋いでもいいか?」 「何だ急に」 「…嫌なら、いい」 「別に嫌とは言っていない」 そう言って自分よりもずっと細い手に指を絡ませれば、彼女はそれまでどこか不安げだった顔を嬉しそうに綻ばせた。 周りの学生がちらほら自分達のことを見ていたが、別に気にしなかった。 ただ、ニールに向けられる男の視線は少なからず追い払いたかった。 人の噂も七十五日。 (でも君との噂だったら、別にいつ立ってもいいかと思う) 09.05.13 日記掲載 title by=テオ ――――――― 刹那サイド。 刹那はモテます。別に本人どうでもいいと思ってます。 リヒティはそんな刹那を少し妬んでます。笑。 フェルトは刹那に対して淡い恋心。 でも別に何するというわけでもない。 恋人いたんだ、残念だな、的な。笑。 |