家族と他人の境界線 刹那とニールが暮らし始めて、半年程が経った頃だ。 街は冬の装いを始めていた。 刹那は自身に宛がわれた部屋で、一枚の紙切れとにらめっこをしていた。 それは今日学校で配られた、保護者宛の手紙だった。 保護者面談。 担任教師が保護者に、子どもの成績や学内での様子について報告するものだ。 保護者にとっては客観的に子どもの様子を知る貴重な機会である。 それが、今刹那を悩ませていた。 別に、報告されて困る、ということはない。 授業は最低限出ているし、困らない程度に試験も受けているつもりだ。 問題は、あの男にこれに参加するだけの時間を割かせるべきか、ということだ。 あの男と暮らし始めて約半年。 お互い抱えているものをぶつけ合い和解したことで、それなりに気心が知れる仲にはなった。 刹那にとってニールは、信用出来る数少ない大人の一人だ。 だが、所詮は他人。 あの男には自分の仕事があり、それをしなければ食べていくことが出来ない。 周りの同僚だって彼が途中で仕事を抜け出せば困るだろう。 果たして他人である自分に、それをさせるだけの資格があるのか。 それだけの価値がこの保護者面談にあるのか、迷っていた。 いや、答えはもう出ているのだ。 何も言わないことに躊躇いが生まれたが、結局いくら考えても行き着くところは一緒だ。 刹那はプリントをくしゃりと握りつぶし、ゴミ箱に捨てた。 それから二週間ほどが経って、保護者面談の日々が始まった。 この間は短縮授業だから、生徒達の空気はどこか嬉々としている。 自分の親はいつどこの日取りだ、とも話していた。 刹那はそんなクラスメイトの様子を尻目に、いつもと変わらない学校生活を送っていた。 どうせ、自分には関係ないのだ。 担任であるセルゲイには、仕事で来れない、と勝手に伝えておいた。 ニールが来ないことを知ったフェルトが気遣うように視線を送っていたのを刹那は知っていたが、気付かないふりをした。 保護者面談の最終日。 その日最後の授業が終わりを告げ、刹那は他のクラスメイト達よりもゆっくりと帰り支度をした。 同じペースやタイミングで帰るのが、なんとなく億劫だった。 沙慈からの誘いは、いつも通り断った。 教師が早めに帰るよう促しているせいか、刹那が通ることには廊下はずいぶん静かだった。 自分の下駄箱を開け、靴を履き替える。 ぼんやりと、今日の夕食はどうしようかと考えていた時だ。 「刹那!」 今この場所で聞くはずのない声が聞こえて、刹那は顔を上げた。 玄関先で、ニールが笑ってこちらに歩いてきていた。 「何故…」 ぽつりと、そう言う。 知っているはずがなかった。何故なら、仄めかすことすらしなかったからだ。 それなのに、何故。 刹那の様子に、ニールは再び笑った。 「お前さんの担任の先生から、連絡あったんだよ、直接。それでもう、行きますって即決」 手紙ちゃんと見せろよ、とこつりと刹那の頭を小突いてそう付け足していた。 刹那はそれを拒絶しなかった。 「仕事、は」 「大丈夫、うちの同僚達はみーんな優秀だから。ちょっとの時間なら、全然問題なし」 そう言って、またニールは笑った。 それで刹那は、自分がニールが来たことに微かな喜びを感じていることに気付いた。 他人だというレッテルを自身で張って、それで知らずのうちに消沈していたことにも、だ。 ニールの笑う顔に、心をほだされたような気がした。 ガキくさい、とも思った。 けれど、それを否定しようとは思わなかった。 「…今日の、」 「ん?」 「今日の…夕飯、何が、いい」 「お、俺のリクエストでいいの?じゃあ、寒くなってきたからシチューだな」 ジャガイモ多めでよろしく、と、ひどく嬉しそうに、ニールが言った。 「じゃ、時間だから行くな」 刹那の頭をくしゃりと撫でて、ニールは学内に入って行った。 刹那はしばらくその後姿を見ていた。 ニールに撫でられた頭が、なんだかあたたかさを持っている気すらした。 刹那は踵を返して学校を後にした。 帰りに、ジャガイモを買って帰ろうと決めた。 09.11.28 日記掲載 ―――――――― 久々に書きました、「家族ごっこ」。 ニールさんは刹那が保護者面談のこと教えてくれなかったことに、さりげなく落ち込んでました。笑。 |