やさしいね、きみは 貴方と過ごす全ての時間がわたしの中で輝いています 「ん〜〜〜〜…」 唸り声を上げながら、顎に手を当ててライルは悩んでいた。 彼の視線の前には、一着の浴衣に袖を通して立っている、双子の姉。 そのニールはと言えば、ライルの視線を一身に浴びて少し居心地悪そうにしながらも、とりあえず役目を果たそうとその場から動こうとはしなかった。 「やっぱダメだ…なんか違うっ」 唸るのを止め、ライルは自身の中で一つの結論を出した。 ソファにもたれかかり、息を吐く。 ニールはそんなライルを見て、少しだけ肩の力を抜いた。 「ダメなのか…?俺は可愛いと思うけど…」 「当たり前。だって姉さんに似合うようにイメージして作ってんだから」 「え、そうなのか…?」 ニールの疑問もさらりと流し、ライルがまた一つ、ため息を吐く。 どうやら行き詰っているようだ。 「でも、お前のとこのブランド、こういう和服も取り扱うんだな。知らなかった」 「ウチはなんでもやるよ。女性を輝かせるのがモットーですから」 ライルの仕事はファッションデザイナーだ。 それほど大きなブランドでもないが、「大人の女性が輝く為に」をコンセプトに、落ち着いたデザインと取り扱いの幅広さで話題を呼んでいる。 だがライルにとっての真実のコンセプトは、「ニールが輝く為に」なのだ。 だから彼がデザインする服の全ては「ニールに似合うかどうか」が基準となっている。 もちろん、ニール自身がそれを知る由もない。 今現在ニールが袖を通している浴衣も、その一つだ。 白をベースに、碧く染めた桜が散りばめられた、落ち着いた雰囲気のそれ。 ニールはよいと言うが、デザインしたライル自身は、どうやら納得が行かなかったようだった。 「んー…悪くはないけどもっかい練り直しだなこりゃ…」 「じゃあこれ使わないのか?」 「あぁうん。もしよかったらやるよ、姉さん。使わないとは言えちゃんとした完成品だから」 「え、いいの、か…?」 「今度花火大会あるだろ?もしなんだったら刹那誘ってソレ着てみればいいじゃん」 ライルの言うとおり、来週の日曜は花火大会だった。 双子の弟の提案に一瞬だけ胸が高鳴ったが、すぐにニールは冷静さを取り戻した。 「たぶんバイトだよ、刹那は。日曜だし、最近忙しいみたいだし、さ」 「…そ?なら、仕方ないけど」 「仕方ない」。 そのライルの言葉に少なからず胸を痛めたが、今更気にしても、それこそ仕方がないことだ。 刹那は刹那で自身のことを精一杯頑張っている。 それがわかるだけで、ニールにとっては充分なのだ。 「試しに聞いてみりゃいいじゃん。花火中なんて、客どうせ入んねぇだろうし」 「…ん、まぁ、一応、な」 曖昧な返答しかしない姉に、ライルは苦笑いを浮かべた。 ライルが帰宅した後、ニールは刹那に電話を掛けた。 『来週の日曜?』 「うん、夜、バイトなのかなって思ってさ」 言い訳が出来る、オブラートに包んだ言い方。 刹那が気に病まないように、ニールは言葉を選んでそう言った。 『確か、入ってるな』 刹那のその言葉を耳にして、ニールは自身の胸が少しだけツキリと痛んだのがわかった。 けれど、わかっていたことだ。 だから思ったほどの痛みはなかった。 「そっか、大変だな。最近いっつも入ってる」 『…何かあるのか?』 「ううん、何にも。ただ、どうなのかなって思っただけだよ。ごめんな、変なこと聞いて」 『…ニール、』 「それだけ聞きたかったんだ。急に電話してごめんな。じゃあ、おやすみ」 刹那が何か言いかけているのを遮って、ニールはぷつりと電話を切った。 少し卑怯だったかもしれない。 けれど、これ以上何か追求されて、ごまかしきれる自信もなかった。 それに、本当に休みかどうかを確認したかっただけだったのだ。 一緒に花火を見なかったからと言って、別に何かが変わるわけでもない。 二人でいつものように時間を過ごしていられれば、それで充分だ。 会社の方のメンバーにも声を掛けられている。 せっかくライルがくれた浴衣だ。着ないのはもったいない。 だから、そちらへ足を運ぶことにした。 花火大会の当日、ニールはライルにも手伝ってもらって浴衣に袖を通した。 見物会場である会社の屋上に姿を現せば、そこにいた人間が口々に「似合う」だとか「可愛い」だとかいう言葉を掛けてくれた。 悪い気は決してしない。だって、弟が自分に似合うようにとデザインしてくれたものなのだから。 けれど、ニールの胸はどこかぽっかりと穴が空いたような気分だった。 花火が始まると、その美しさに皆目を奪われ、歓声を上げた。 ニールも単純に、あぁきれいだな、と思ったりした。 花火が一つ上がる度に、刹那のことを想った。 彼は今何をしているだろう。 夜空に上がるこの輝きを見ることもなく、仕事に励んでいるのだろうか。 それとも、休憩をもらって今自分が見ているのと同じものを見ているのだろうか。 穏やかな、でも、寂しさを感じる気持ち。 会いたい。会えない。わかっている。 刹那のことを想うとうれしい。 でもほんの少し、寂しい。 この切り取られたような景色を、同じ空間で見ることは、決して叶わないのだ。 ニールを現実に引き戻すかのように、浴衣と揃いのデザインの巾着が振動した。 携帯電話のバイブレーションだとわかって、取り出した。 サブディスプレイに出ていたのは、焦がれて止まない、彼の名前。 それまでの凪いでいた気持ちとは一変して、ニールは慌てふためいた。 彼に自分の思考が伝わったのではないかと焦ってしまった。 声が聞こえるように少し離れて、切れないうちに通話ボタンを押した。 「も、もしもし、」 『今どこにいる』 「え、どこって…会社の屋上…」 『近いな。抜けられるか』 「え、抜け…?」 『店に、来られるか』 まるで自分の気持ちを反映したかのような、それまでのより少し大きい花火が一つ、上がった。 「…っちょ、ちょっと待っててくれ!すぐ行く…っ」 通話を切って、会社の人間に少し抜けると言い残して、ニールは駆け出した。 浴衣なのが、その時だけはじれったかった。 もっと早くもっと早く。少しでも刹那との時間が取れるように。 背後で花火が上がった。 まだ終わらないでと願った。 刹那がバイトしている、個人経営のレストランが近くなると、ニールは速度を落として歩き始めた。 乱れた呼吸や浴衣のまま会うのは憚られる。 店が視界に入る直前に完全に立ち止まって、浴衣や髪を簡単に直した。 再び歩を進めて店を目の前にすれば、そこには、刹那が立って待っていた。 ニールの存在を確認すると、刹那は挨拶もそこそこにニールの手を取って、レストランが入っているビルの屋上まで階段で上って行く。 会社よりも打ち上げ場所に近いそこは、まさに特等席だった。 花火が暗い空に輝いた。 さっきと同じはずなのに、ニールの心持ちは全く違った。 隣に、刹那がいる。 けれどふと気になった。 「時間…大丈夫なのか?お店は…」 「問題ない。店長から休憩をもらっている。それに店自体が今は暇だ」 刹那のその言葉に、ニールは胸を撫で下ろした。 「すまなかった」 前触れもなく、刹那がそう言う。 彼が謝らなければならないようなことは何一つないはずだから、ニールは驚いた。 「今日が花火だと知らなかったとは言え、悪かった。電話で言われた時点で気付くべきだった」 あぁ、どうしよう。 嬉しい。でも、少しやるせない。 彼が自分のことをそこまで考えてくれたことは嬉しい。 けれど、気に病ませたことが、やはり申し訳なくてたまらない。 ニールは否定するように首を横に振った。 「そんな…違う。ごめんな…俺が余計なこと言ったから…」 「気にしなくていい。寧ろよかった」 刹那の優しさが、ニールの胸をじんわりと温めた。 「似合うな」 刹那が、ぽつりと言う。 ニールは顔を上げた。 「浴衣。似合う」 「あ、えと…ライルが、くれた…」 「あぁ、だからか。良く、似合っている」 不思議だ。 誰にどんなに言われても胸に穴が空いたような感覚にしかならなかったのに。 刹那がその言葉を口にしただけで、嬉しい気持ちが溢れてくる。 あぁ、違う。 刹那に、言って欲しかったのだ。 他の誰でもない、刹那に。 同じ空間で、同じものを見る。 それだけでどうしてこんなにも、幸せだと思えるのだろう。 時が止まってしまえばいいのにとすら、心の片隅で思った。 09.08.12 日記掲載 ―――――――― 花火って不思議だなぁと思いました。 さりげなく色んな設定公開してみる。笑。 |