背中から伝わってくる、男の体温が心地よかった。 何も考えずに身を預けられるこの時間は、嫌いではなかった。 首にふわりとかかるブラウンの髪が少しくすぐったさを覚えたけれど、振り払おうという気にはなれなかった。 「悪かったな、一緒に行ってやれなくて」 「…別に、付いて来てほしいと言った覚えはない」 「素直じゃねぇの」 くすくすと、小さくロックオンが笑う。 少し顔を動かしてその表情を見れば、普段と何も変わらない。 ただ一つ、彼の右目を覆う眼帯を覗いて。 「気にしてる」 ロックオンが、言う。 見透かされたことに少しだけ焦りを感じて、顔を逸らす。 「別に何も出来ねぇわけじゃねぇんだからよ、そんな顔すんなって」 「…どんな顔だ」 「普段からしかめっ面なのに、余計にしかめっ面」 子どものように、笑う。 なんだかそれが癪に障って、顔を見られまいとふい、とさらに逸らした。 「怒ったか?」 「…」 「悪い悪い。調子に乗った」 あぁ、違う。 癪に障ったのは、からかわれたことじゃない。 お前が、怪我を負っているお前の方が、そんな風に笑うから。 何もなかったように、笑うから。 だから少し、腹が立った。 ロックオンは刹那の細い身体に腕を回し、優しく抱きしめる。 ロックオンの腕の中に、刹那がすっぽりと収まった。 「お詫びに俺の持ち物、何でも持ってっていいぞ」 刹那がロックオンの腕の中で身を捩って、意味がわからない、とでも言うようにいぶかしげな視線を向けた。 ロックオンは笑ったままだ。 「機嫌を損ねさせたお詫びと、一緒に行ってやれないことのお詫び」 「…だから、」 「いいじゃん。俺は一緒には行けねぇけどさ、俺のもん一緒ならちょっとはそういう気分になるだろ?」 あぁ、馬鹿な男だ。 けれど、その馬鹿な男に惹かれた自分も、相当、馬鹿なのだろう。 「なら、」 「うん?」 「これがいい」 そう言って刹那が手に取ったのは、ロックオンが今ちょうど嵌めている手袋だった。 「…コレ?」 「駄目なら、いい」 狙撃手であるこの男の大事な手を守るためのものだ。 半分は冗談のつもりで口にしたから、刹那はあっさりと諦めた。 だが、ロックオンの口から出た言葉は意外なものだった。 「いいぜ、やるよ」 「…は?」 そう言って、何の躊躇いもなく、ロックオンは左手の方の手袋を抜いた。 そしてそれを、そのまま刹那の手に嵌めた。 当然だがサイズが合わずに指先は軽く折れ曲がった。 だがロックオンの体温が、刹那の手にじんわりと伝わった。 「俺の代わりに、刹那のことを守ってくれるように。お守り代わり、だな」 手袋の嵌った刹那の左手を持ち、ロックオンはその甲に唇を寄せた。 「…馬鹿か、お前」 「ひっでぇなぁ」 くすくすと、また小さく笑う。 言葉とは裏腹に、刹那の胸はひどく満たされていた。 どうせもらえるのなら、一番この男を感じることの出来るものがいいと、そう思っていた。 「俺がいなくても、コイツが刹那の傍にいるよ。だから、気を付けて行って来い」 「…あぁ、」 優しい抱擁だった。 何もかも、そう、過去の因縁すら、抱きしめられるくらいの、優しい優しい、ロックオンにしか出来ない、抱擁だった。 「…帰って来たら返す」 「いいよ。返さなくて、いい」 「だが、」 「いいんだ。刹那の傍に、ずっと置いて?」 笑っていた。 ロックオンは、優しく優しく、笑っていた。 だから、何も言えなかった。 今思えばあれは予感だったのだろう。 あの男はわかっていたのかもしれない。 あれが、最期の時間だと。 あぁ勝手な男だ。 こんなもので、遺していけると思っていたのだから。 残された片方だけの手袋 (もうそこに貴方の温もりは少しもない) 09.07.24 日記掲載 title by=テオ ―――――――――― 今更的な感じですが。 書いてみたかった。 |