兄さん、アンタはやっぱり馬鹿だったよ
捨て去った祈りが今でも尾を引いて、
「兄さんてさ、家族が死んでから、特別なものって一切作ろうとしなかったんだよ」

プトレマイオスのラウンジで宇宙を眺めながら、ライルが言う。
隣に立つ刹那は、何も答えようとはしなかった。

「だから、アンタが兄さんの『特別』だって知ったとき、驚いた」



兄は失うことを一番恐れるようになった。
だから、人とある一定の距離を置いて接して、決して、本心を晒そうとはしなかった。
全てを許して、許しあえる関係になって、それでまた失って、哀しみを味わうことが、何よりも怖かったから。

兄にとって笑うことと優しくすることは最大の防御だった。
それはきっと兄が兄として保っていられるスタンスでもあった。
優しくすれば誰も踏み込んでこない。
単純に「いい人」でいられる。

人と壁を作り、入り込まず、入り込ませず。



だから、兄がここで「特別」な存在を作ったことに驚いたし、安心もした。

あの人はもう一回「人」に戻れたのだと思った。
「人」として生きる術を、取り戻したのだと思った。


「そんな、いいものじゃない」

ぽつりと、刹那が言う。

「アンタが思ってるほど、生暖かい関係なんかじゃ、なかった」

視線は彼が散った宇宙に向けられたままだった。

「うん、知ってる。でも兄さんにとって刹那は間違いなく『特別』だった」
「…何故そう言える」
「んー…双子のカン?」

冗談めいて笑う。


けどあながち冗談でもなかった。
刹那を見てすぐにわかった。


あぁ、兄はこの人に温もりを求めていたんだ、と。
こんな子どもみたいな人に、「生きること」を教わったのだ、と。


でも結局『特別』だとは伝えなかったんだろう。
それは、刹那がさっき言ったことからも伺える。

やっぱり兄は臆病のままだった。

臆病のまま、逝ってしまった。
馬鹿だなぁ、ニール。
怖がらないで、言えばよかったんだ。

「お前が特別だ」って。


そうすれば、彼女が今こんな悲しい表情をする必要はなかったのに。
09.04.24 日記掲載

title by=テオ

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兄さんはものすごく子どもだったんじゃないかと思うことがある。
子どものまま大人になった人。
色んな感情をどっかに置いてきた人。

そう思うとますます兄貴が愛しい。