ニル&ライル→高校三年 刹那→高校一年 勝手にこの口が君に想いを告げてくれたらどんなに楽だろう 情けない男だと君は笑うだろうか ニール・ディランディは自分の机に向かって日直の最後の仕事である日誌を書いていた。 窓から差して来る夕日はなんとも美しく、それが逆にニールの気持ちを萎えさせる。 「なんだ兄さん、まだやってたのかよ」 ひょこ、と教室に顔を出したのは双子の弟であるライルだった。 顔だけライルに向けて、ニールは返事も何もしなかった。 弟の言うとおり、まだ、なのだ。 日誌を書き始めた頃にはざわめいていた教室は、今は閑散としている。 一日分の日誌を書くには充分すぎるくらいの時間を、ニールはそこで費やしていた。 ニール自身もこんなものさっさと書き上げて帰りたい。 だが思うように頭が働いてくれなかった。 頭の中は、幼馴染で後輩で、そして、絶賛片想い中の彼女でいっぱいだった。 立ち寄った教務室で鉢合わせになった。 顔を見たのは久しぶりだった。 昔は毎日のように会っていたのに。 それなのに、挨拶もせずにそそくさと、それこそ逃げるように彼女の前から立ち去った。 後ろめたさと自己嫌悪で、ひどく落ち込んだ。 ライルはニールの前の生徒の椅子を拝借し、腰を下ろした。 ちらりと日誌を盗み見れば、まだまだ時間が掛かりそうなことは明白だった。 窓際の席であるここは、夕日を一身に浴びて少し目が眩みそうだ。 「なぁ、早いトコ終わらせて帰ろうぜ。俺腹減っちゃった」 「…」 「たこ焼き食いたいなー。もんじゃでもいいけど」 「…」 「こないださー、アニューにビンタされちった。浮気してたとこ見られて」 「…」 「あ、刹那」 ガバっと、それまで石像のように反応も何もしなかったニールが、勢いよく窓の方を見た。 だがどんなに目を凝らしても彼女の姿は見当たらない。 「…と、思ったら全然違う子だった」 「ざんねーん」と、ライルが子どもみたいに笑う。 「〜〜〜っライル…!」 ニールが真っ赤な顔をして、ライルを睨み付けた。 ライルは相変わらず笑っている。 「うーん、相変わらずの進展のなさ。俺が代わりに言ってやろうか?」 「やってみろ。アニューにお前の小さい頃の写真全部渡してやる」 「ごめんなさい」 深い深いため息と共に、ごとり、とニールが机に頭を預けた。 纏っている空気はまさに、悶々。 「なぁ、前から聞きたかったんだけどさぁ」 「何だよ」 ライルが尋ね、ニールが短く返事をする。 教室に入り込む夕日の美しさと言ったらなかった。 「もしかしなくても、初恋?」 「……」 沈黙は肯定。 反論が出来ないほどに、ライルの言うことは正しい。 刹那に対する恋心を自覚したのは、自分達が高校に上がった頃。 それまでだって、刹那が妹みたいに可愛くて可愛くて、他の女子に目なんて行かなかった。 刹那が産まれた時からそれまで家族みたいに毎日顔を突き合わせてたけれど、自分が距離を取ることで自然に離れていった。 怖いのだ。 刹那からしてみれば、きっと自分は昔も今も、「幼馴染のお兄ちゃん」。 その人間が、他の男達と同じように刹那に対して下心を持った。 それを知られて、刹那の見る目が変わると思うと、怖くて怖くてたまらない。 刹那に想いを告げたい。けれど信頼を失うのが恐ろしい。 「…笑いたきゃ笑えよ」 「いやいや、いいことだと思うぜ?一途って言うのは、素晴らしいことだ、うん」 「…馬鹿にしてるだろ」 ニールがライルを睨む。 ライルは苦笑いを浮かべる。 窓から差す夕日が少し傾き始める。 それでも美しいのは変わらない。 その美しさに、なんだか夕日にまで馬鹿にされているような気分になった。 悪かったな。お前が似合う青春物語が出来なくて。 ニールの落ち込みを他所に、ライルは椅子から立ち上がった。 「やっぱ俺帰ろーっと。兄さん終わる気配なさそうだし、一人でもんじゃ食いに行っちゃお」 返事はしなかった。 今のニールに、たこ焼きももんじゃ焼きも食べる元気はなかった。 ライルはドアに向かって少し歩いてから、ニールに向き直った。 「初恋で一途でチキンな兄さんに、可愛い弟から一つアドバイスをあげよう」 「…殴るぞ」 残念なことに、ニールに今冗談は通じない。 ライルは兄の静かな怒りを軽く受け流した。 「あんまり他の子に優しいと、肝心なところで勘違いされるぜ。臆病も、ほどほどにな」 その真意がわからず声をあげようとしたが、ライルはそれを待たずして踵を返してしまった。 ライルのいなくなった教室には再び静けさが訪れた。 視線をまた窓から見える夕日に移す。 西に傾いた日の光が、彼女の瞳の色に似ていて、なんだか余計に切なくなった。 09.06.14 日記掲載 title by=テオ ―――――――― 「もしかしなくても、初恋?」をライルに言わせたいがために書いた小話。 ほんとにそれだけです。(えぇぇ |