貴方に出会えるのは、夢の中でいいの。
忘れて、それであなたが幸せになれるなら
頭は真っ白なのに、どこか冷静だった。
何も考えられないけれど、状況だけは掴めていた。

ここがどこだとか、この部屋が何だとか、どうしてベッドの上なのかとか、色々と頭を巡った。
けれどどうでもいいことだと思った。

今自分をこうしてベッドに沈ませているのが、彼だということがわかれば、それだけで十分だった。

『最高だろう?』

そう言って、どうしてだかティエリアに瓜二つな青年がひどく楽しそうに笑ったのが頭を掠めた。



自分を見下ろす彼のその右目は今は何にも覆われていなかった。
記憶のままの、綺麗な空色が真っ直ぐに刹那を見つめていた。

「刹那」

低い、優しい声。
自分を呼ぶ時のそれを、とても好きだと思えた。
ただの識別のためのコードネームが、少しだけ特別なものに思えたから。

ひどく優しい手付きで、刹那は髪を撫でられた。

その手も好きだった。
自分に触れる時だけは、「彼」はいつもしている手袋を外していた。
それにひどく喜びを覚えるようになった。

とても優しい顔で、刹那は見つめられていた。

「彼」の笑う顔が好きだった。
どうしてだか、「彼」が笑うとそれまでささくれだっていた心が凪いでいった。
「彼」が笑うと、安心出来た。


彼は刹那の身体に腕を回して、強く、それでいて優しく抱き締めた。
触れた体温は温かかった。
「彼」の温もりそのものだと思った。

「刹那、会いたかった…」

まるで、呪文のよう。
優しい声。優しい手付き。優しい顔。
全てが「彼」のものだった。


けれど、決して今こうして自分を抱き締めているのは、「彼」ではない。
そう、あの青年が言った。



『ロックオン・ストラトスのDNAデータを結集させて創った生体端末だよ。
だから、これは彼そのものだ。
よかったじゃないか、刹那・F・セイエイ。
君の大切な”ロックオン・ストラトス”が帰ってきたんだ』

そう言って、ひどく嬉しそうに笑った。
「ゆっくりと『再会』を楽しむといいよ」と言って、ベッドしかないこの部屋に二人きりにされて、気付いたら、ベッドに沈められていた。

彼は何をするわけでもなかった。
ただとにかく慈しむように、刹那に触れた。



この身体に触れたら、どうなるのだろうと、刹那は思った。
思いながら、堕ちることが出来るのだろう、と理解していた。
武器を捨て理想を捨て仲間を捨て、自分すら捨てて。
そうして、彼と一緒に未来を築くことすら可能なのだろうと。


けれど、それは望まない。



刹那はゆっくりと彼と自身の身体を離した。

そして、所持していた銃の先を真っ直ぐに彼に向けた。
その瞳に、迷いは何一つ見られなかった。

「お前はもう死んだんだ、『ロックオン・ストラトス』。
だから、俺はお前と一緒には行けない」

やらなければいけないことがあった。
「彼」のやり残したことを成し遂げなければいけなかった。
だから、ここで彼と一緒に堕ちることは、出来なかった。
現実から目を背け逃避することは、今の自分に許してはいけなかった。

彼は目を瞑って微笑んだ。
諦めを感じるようなそれだった。
そうしてベッドからゆっくりと下り、ドアの方へと歩いて行った。

刹那は、彼を視界にもう入れないようにと、目を逸らしていた。

ドアノブに手を掛けた彼がそのまま部屋を出ることはなかった。
ゆっくりと、刹那の方に顔を向けた。
そうして、言った。

「さようなら、刹那・F・セイエイ」

刹那は身動き一つしなかった。
ただとにかく、彼から目を逸らせて、彼を視界に入れまいとした。
次に刹那の耳に入ったのは、ドアの閉まる音だった。

そうしてようやく、刹那はシーツを握りしめた。
ほんの少しだけ、その肩は揺れていた。


どんなに、いいだろうと思った。
「彼」と、ロックオンと共に行き、共に堕ちることが出来たら。
どれほど幸せなことだろう。

光を刺すことを永遠に失われたその右目に、せめて自分が映ればいいのにと思った。





コツリコツリと、廊下に足音が鳴った。
彼は廊下の壁にもたれかかる青年に気付いた。
そのまま通り過ぎようとした。
けれど、青年の言葉によってその歩みを止めざるを得なくなった。

「別によかったんだよ、正直に話しても。
生体端末なんかじゃなく、本物なんだって」

やはり、青年は笑っていた。

「いいんだよ」

彼が、ロックオンが迷いなく言葉を発した。

「今の俺が刹那の傍にいたって、邪魔なだけだ。
だから、いいんだ」

彼女が自分を引き離したことに、落胆もしたし安堵もした。
けれど彼女は彼女のまま、真っ直ぐに強かったことだけは、間違いなかった。
その瞳を、あれ以上迷わせてはいけないと思った。
迷わせる存在に、自分がなってはいけないと思った。
生体端末だと言われた以上はその振りをしていなければならなかった。
泣きたいのを、嬉しいのを、叫びたいのを必死で抑えた。


それでも彼女に、刹那に触れてしまったのは、自分の弱さだった。
最後の逢瀬にせめて彼女の肌の温もりを覚えていたいと願った、自分勝手なまでのそれ。


もう刹那と会うことは許されないだろう。
それでも、会うことが出来ただけでも、幸せだと思わなくてはいけない。
せめて夢の中で会う君とは、笑い合いたいと願うよ。
09.06.12 日記掲載

title by=テオ



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兄さんはアリー戦の後リボンズさん達に拾われたという、そういう設定。
どうやってこの流れになったのとか、気にしないでください。苦笑。