君は可愛い人。

貴方は綺麗な人。
メランコリックにいきましょう
休憩時間に外のカフェで昼食を取った。
一緒に食事をしたスメラギは上司からの呼び出しを受けて先に会社の方に戻ってしまった。
ニールは、もう少しだけここでのんびり過ごそうと思った。

目の前にあったコーヒーを飲み干してしまったことに気付く。
水で過ごすのもありだけれど、せっかくだから何か飲みたい。
そう思ってレジに向かう。
思いの他レジは混んでいて、自分に回ってくるまでには時間が掛かりそうだった。
諦めて席に戻ろうとする。
人一人分がやっと通れる通路で他の客と鉢合わせになり避けようとした。
だがその避けた行動によって、ニールの後ろにいた別の人間とぶつかる羽目になってしまった。
その人が持っていた飲み物はニールがぶつかった衝撃で床に落下した。

「わ…っ、す、すいません!」

床に落ちた飲み物はあっという間に一帯に水溜りを作った。
幸いにも回りに人はいなかったし、カップに蓋もされていたからそれほど大きな被害にはならなかったが、それでも飲み物を落とされたその人にとってはいい迷惑だ。
雑巾でもない限りふき取れないのだが、ニールは反射的にしゃがみ込んでカップを拾った。
その人の靴や衣服に染みが出来ていないか心配だった。

「いいんです、わたしの方こそごめんなさい」
「や、そんな…」

可愛らしい、女の子の声。
なんだかますます申し訳なくなって、顔を上げる。

お互い、思わず目を丸めた。
見たことのある人間だった。
けれどなんと反応したらよいかわからずに、そこでお互いに言葉を失ってしまった。
結局、店員が雑巾を持ってくるまで少しの間そのままだった。
「はい」

そう言って、ニールが、ベンチに座るフェルトに買い直した飲み物のカップを渡す。
自分もしっかり購入した。
店が少し慌しくなってきたために、近くにあった公園に場所を移した。

「ごめんなさい、なんだか逆に悪いみたい…」
「や、全然。靴とか…ほんとに大丈夫かな?」
「大丈夫。全然汚れてないですから。貴方も…スーツ、染みになってないですか?」
「全然大丈夫。ちっとも汚れてない」

お互いの衣服が無事であることを確認し合って、一息吐く。


「刹那、の友達…だよな?」
「はい、同じ学科で。…刹那の、恋人さん、ですよね」

恋人、なんて第三者から言われたのがなんだかくすぐったくて、ニールは少し曖昧に返事をした。
はっきりとそうだ、とはなんだかフェルトには言いづらく思ってしまった。

「あ…と、名前、よかったら教えてもらっていいか?」
「フェルトです。フェルト・グレイス」
「フェルトちゃん、な。俺、ニール・ディランディ」

ニールがそう言うと、フェルトは少し目を丸めた。

「『俺』…」
「あ、ごめんこれ素…。小さい頃さ、ライル…あ、弟な、双子の。それと、刹那とばっかり一緒にいたから、
こうなっちゃってさ」

気になる?と聞けば、フェルトはふるふると首を横に振った。

「昔からの、知り合い?」
「あ、そうそう。家が隣通しで」
「そっか…」

そうやってぽつりと言うと、しばらくフェルトは何も言わなかった。
ニールもどう話を続けたらいいかわからずに、黙ってしまう。


ちらりと、フェルトを見る。
髪の色はピンクと独特だが、大人しく、落ち着いた雰囲気。
いかにも、「女の子」という感じで、その髪の色すら似合っていると思ってしまう。

少し前の飲み会のとき、先日仕事帰りに彼の大学に足を運んだときに、ニールはフェルトを見かけた。
お似合いだ、なんて思ってしまったから、よく覚えていた。
この間の、大学へ行ったときだってそうだ。
二人並んで歩く姿がすごくしっくり来ていて、それでなんだか不安になって思わず刹那に手を繋いでもいいか
なんて聞いてしまった。
我ながら大人気ない。
嫉妬とか、そういうのではない。
ただ可愛らしくて守ってあげたくなるような雰囲気が、自分よりもずっと刹那といるのが似合う気がして、
落ち込んでしまった。

フェルトを目の前にして余計にそんな考えが強くなる。
自分が男だったら、彼女のような女の子、放っておかないだろう。



「少し、残念」

フェルトがぽつりと言う。
その言葉に現実に引き戻されたニールは首を傾げた。

「もっと、嫌な人だったらなぁって、勝手に思ってました。そしたら嫌いになれちゃうのに」
「…えーと、それは…褒め言葉?」

ニールが少し戸惑った様子でそう聞けば、フェルトはくすりと笑った。

「話してみたかったんです、貴方と。それで、嫌な人だったら、もう少し頑張ってみようかなって思ったの。
でも見事に裏切られました。
やっぱり刹那が好きになった人なんだなって、実感しました。
綺麗だし、いい人だし。羨ましいくらい」

フェルトは笑って言った。
ニールはフェルトの言ったことを頭の中で反芻して、考え、そして理解した。
つまり、フェルトも刹那のことを、ということなのだろう。
驚きや戸惑いが生まれながらも、改めて考えた。
刹那に想いを寄せる、彼女という存在を。

「…俺から見たら、君が羨ましい」
「何故?」
「刹那と同い年だし、すごく、可愛いから」
「…そんなこと、ないです。でも、貴方にそう言ってもらえると嬉しい」

同じ立場だったら、勝てないのだろうな、なんて風に思ってしまう。
そのはにかんだ笑顔を、素直に可愛らしいと、ニールは思った。


ふと、時間のことを思い出し腕時計を見れば、そろそろ休憩が終わる頃だった。

「ごめん、俺もう行かないと」
「ごめんなさい、長い時間」

ニールは、ベンチから立ちながらふるふると首を横に振る。

「全然。そもそも俺が悪いんだし」
「…よかったら、また会ってくれますか?」
「え?」

驚いた。
「嫌いになれる」と言っていたくらいだから、あまりよくないように思われていると、考えていたから。

「駄目ですか?」
「え、いや全然。…ただ、驚いた」
「なんだかたくさん話したいことある気がするから、また会いたいです」
「…じゃあ、よろしくな、フェルトちゃん」
「フェルトでいいです。そんな風に呼ばれるのは慣れないから」
「じゃあ、フェルト。…またな」
「はい」

去り際に手を振って、別れた。
フェルトも、笑って手を振り返してくれた。
それがなんだかやけに嬉しく感じた。


不思議だった。
羨ましいと思っていた子に、羨ましいと言われること。
話したこともないのに、話してみれば「嫌いになれたらよかったのに」と言われたこと。
けれど、嫌な気分はしない。
思っていることをストレートに話してくれるフェルトのことを、ニールは好きになれそうだった。

男だったら放っておかないだろうな、なんて風に思いながら。
09.05.31 日記掲載

title by=テオ


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後に二人は大の仲良しになります。笑。