君を捕まえたくて。 流れ星捕獲作戦−1− 駅で人が流れるのを見ていた。 ただ単に見ていたわけじゃあない。 女の子を、探していた。 と言っても別に特定の人物ではないし、そう言ってしまうとナンパしようとしていると誤解されそうだが違う。 探しているのは、カットモデルをしてくれる子。 それも、今回のテーマに沿った。 ニール・ディランディが働いている美容室・トレミーでは、年に数回、お互いの技量も高める為に 勉強会のようなことをしている。 その勉強会では毎回テーマが課せられる。 それはシーン別だったり、シチュエーション別だったり、実に様々だ。 一般の人間からカットモデルを選出し、切らせてもらう。 今ニールがしているのはそのカットモデル探しだ。 しかし困ったことに、今回のテーマがなかなか難解だった。 「ダイヤの原石を探せ」 某バラエティ番組でやっていたものに感化されて、店長であるスメラギが意気揚々と選んだテーマだ。 しかも今回はトータルコーディネートと来た。 なんて影響されやすい人なんだあの人は、と肩を落としたのは二週間ほど前。 勉強会は、三日後に迫っていた。 他の美容師であるティエリアやアレルヤ達ははもうカットモデルを見つけたという。 残るは自分だけ。 トータルコーディネート自体に戸惑いはなかった。 スタイリストである自分にとって、トータルコーディネートは特に苦でもない。 だから問題は、その前のカットモデル探しでしかなかった。 なかなか焦っていたが、焦って無理矢理に選んでしまうのも嫌だった。 何より選ばれたカットモデルの子に失礼だ。 だからこうして仕事終わりに毎日のように駅を通る女の子達をじっと見ては「ダイヤの原石」がいないか 探しているのだが、簡単には見つかってくれない。 ずっと人が行き交う様子を見ていた目をようやく下に向け、一つため息を吐く。今日はもう諦めようかと思った。 ライルがそろそろ帰る時間だ。 今日は自分が夕食を作る当番だから、さすがにもう家路に着かないとまずい。 そう思って、顔を上げた。 目の前を通り過ぎる少女に、目を奪われた。 横顔からでも力強いとわかる赤褐色の眼。化粧っ気のない、でも端整な顔立ち。 どこにでもありそうな、パーカーとデニムという飾らない格好。 何よりあの、伸びたい放題に自由になった、黒い癖毛。 あ、やばい、見つけた、と思った。 人の波にかき消されそうになる少女を、必死に追いかけた。 心の中で、夕食を待つであろう弟に謝った。 「ちょっ、待った、待った!」 少女の持っていた鞄を掴んで、無理矢理に止まらせる。 それがひどく癇に障ったらしく、振り向いた少女はこれでもかというくらい睨んで来た。 「あ、わりぃ…つい」 「……」 ぶっちゃけ怖い、この子。 すっげー睨んでる。 いや、あんなことされれば誰だって嫌だろう。 無我夢中だったとは言え、悪いことをした。 「ご、ごめんな、嫌だったよな。…あのさ、いきなりで悪いんだけど、ちょっと話いいかな?」 「…知らない人間に付いて行くなと母から教わった」 「怪しくない!全然怪しくないから!ちょっと話したいだけ、てか、頼みたいだけ!」 「金ならない」 「君みたいな子どもにカツアゲなんてしないって!」 え、なんでまた睨むの。 もしかして子どもって言ったのが癪に障った? 「…一応、成人はしている身だ」 それで、納得した。 なるほど、子どもと言われて睨んでくるわけだ。 たぶんコンプレックスなのだろう、と思う。 「ごめんな、ほんと。でさ、頼みたいことあるんだけど…いいか?」 「断る」 「そこをなんとか!君しかいないんだマジで!頼む!」 公衆の面前であるにも関わらず、ニールは思い切り手のひらを合わせ頭を下げた。 それに少女も面食らったようで、その場にいることが居たたまれなくなってきたようだった。 「…頭を上げろ」 「話聞いてくれるまで挙げない」 「……」 子どものような言い分をするニールに、少女は一つ、呆れたようにため息を吐いた。 「…話を聞くだけだ」 「マジで!?」 「承諾はしてない」 「いい、とりあえず話聞いてくれるだけでも充分だ!」 そう言って、ようやく頭を挙げたニールは少女を人波から連れ出した。 少し閑散としたところに落ち着く。 ニールは、少女を改めて見た。 見れば見るほど、なんだか腕がうずいた。 勉強会など関係なしに、この子の髪や洋服をいじりたいと思った。 「あのな、俺こういうもん」 そう言って、名刺を渡す。 少女はそれに目を通すと、眉間の皺をさらに深くした。 「美容師が俺に何のようだ」 少女が自分のことを「俺」と言ったのに少し驚いたが、そこは今問題にすべきではないだろうと、勝手に自分を納得させた。 「今度さ、俺のいる美容室で勉強会やるんだ。俺今、そのカットモデルの子探してて…」 「断る」 「まだ話終わってない!」 「充分だ。要はカットモデルを俺に頼みたいということだろう」 「そうそう!」 「断る」 簡潔に、ただそれだけ言うと、少女は踵を返した。 だがそれで安々と引き下がれるニールでもなかった。 再び少女の鞄を掴む。 「待った、頼む、マジで!君しかいないんだ、てか君がいいんだ!」 振り返った少女はやはりこれでもかというくらいに睨んで来た。 だがニールは決してそれに臆しなかった。 「何日も何日も駅に突っ立って探した。でもこれだ!っていう子に巡り合わなかった。 でも今日やっと君に会った!絶対君がいい!」 これが美容師とカットモデルを頼んでいる女の子でなければ、ひどく熱烈な告白だろう。 実際、行き交う人はニール達をちらちらと見ている。 願うような気持ちで、少女を見た。 けれど、口を開いた少女から出た言葉は先ほどと何一つ変わらなかった。 「断る」 そう言って、鞄を掴むニールの手を振り払って、迷いなくその場を後にした。 残されたニールは、少女の鞄を掴んでいた手をそのままに、ただその場に立っていた。 目線を動かし、行き交う人の中で女の子に着目していく。 どの子も最近の服装や流行のメイクをしている。 やっぱり、違うと思った。 あの子がよかった。あの子でなければ、自分は絶対に納得しない。 まだ二日ある。 それまでに絶対、頷いてもらおう。 ニールはそう心に決めて、コンビニで今日の夕食となるであろう弁当を二つ、買って帰った。 09.06.02 日記掲載 title by=テオ ―――――――― あれ?何故か続く罠。(無計画! |