しょうがないんです、好きで好きでたまらないんだから。 恋愛は計画的に! 静かな店内だ。 照明も明るすぎず、流れる音楽も落ち着いている。 バーカウンターで氷を砕いている中年の男性の雰囲気も申し分ない。 まさに、大人がひと時の癒しを求めるために訪れる空間。 そう、そんな店のはずなのだ。 だから、今ライル・ディランディの目の前でテーブルに突っ伏して泣いている双子の姉の姿など、不相応極まりない。 はぁ、と呆れたようにため息を一つ吐く。 「そんなに泣くなら別れれば?」 「いやだっ!」 突き放すように言った一言に、これでもかというくらいに反応する。 ライルは顔を上げた姉、ニールの涙でぐしゃぐしゃになった顔を見て、あぁ、自分も号泣したらあんな顔になるんだな、なんて風に考えた。 「じゃあ付き合ってればいいじゃん」 「ライル冷たい…」 「どれだけ姉さんの愚痴に付き合ってきてると思ってんだよ。確か先週も同じことで呼び出されたよな? 俺、明日早いんだけど」 「奢ってやってるだろ…!」 素っ気ない双子の弟の言葉に、またニールはテーブルとこんにちはをした。 ライルが、またため息を吐く。 「…別れたくない。てか別れない。 でもさ…今日だって、仕事が早く終わったから刹那の大学行ったんだよ。久しぶりに一緒に帰ろうと思って。 そしたら刹那、女の子に囲まれてて…。若い、肌の綺麗な! なんか刹那も満更じゃない顔してたし!」 そこまで一気に言うと、またニールはわっと泣き始めた。 明日姉は二日酔いと戦うハメになるのだろうな、とぼんやり思いながら、ライルは目の前のグラスに口を付けた。 姉が注文を重ねているウイスキーのロックは、確かアレで六杯目だ。 「だからぁ、何度も言うけど。刹那の周りに姉さんより若い子がいるのは当たり前。 姉さんと刹那、八コも歳が離れてるんだから。 その子等の肌が綺麗なのも当たり前。姉さんより八…」 「いやだ、もう聞きたくないっ」 どこかの小学生のような台詞を吐いて、耳を塞いだ。 もう耳にタコが出来るくらい聞いているし、理解している。 八歳年下。八歳年上。 紛れもない事実で、でも、一番目を背けたくなる事実だ。 刹那とは幼馴染だった。 家が隣通しで、それこそ、刹那が産まれる前から、ニールとライルの双子は彼のことを知っている。 昔は、かわいい弟みたいな存在だった。 人と接するのが苦手な彼は、自分の前でだけは精一杯甘えてくれた。 それが嬉しくて、八歳も違うものだから、母性本能がひどく働いたものだった。 けれどそれが変わったのが、三年ほど前。 刹那が大学に入学した頃だ。 仕事が忙しくてほとんど会うことがなくなった彼は、久しぶりに見たらずいぶんと背が伸びてて、顔立ちもすっきりしてて、骨格が大きくなってて。 そう、男になっていた。 恥ずかしい話、一目惚れみたいなものだった。 変な話だ。 21年、彼の存在を知っていたのに、今更一目惚れなんて。 けれど、それ以外に表現方法がなかった。 この時からだ、ニールが、刹那との年齢差をひどく気にするようになったのは。 そして、ライルを呼び出しては、酒を煽り始めたのも。 それはニールが必死の思いで告白して刹那と付き合うことになった今でも続いている。 「好きだって言ってくれるんだろ?じゃあいいだろ、別に」 「聞かなきゃ答えてくれない…」 「刹那が言葉足らずなことなんか今に始まったことじゃないだろ」 また一つ、ライルがため息を吐く。 ちらりと時計を見るともう日付が変わっている。 あぁ、明日朝つらいな、なんて考える。 「わかってるよ。わかってるけど…でも自信ないんだよ。 刹那の周りには同年代のかわいい子がいっぱいいてさ、絶対、こんな三十路近いおばさんよりいいはずなんだ。 そのうちさ、刹那が『お前みたいな年増はもういらない』なんて…言い出したら…」 ぼたぼたぼたぼた。 姉の目から流れる涙を見て、人ってどれくらい泣けるんだろうな、とライルはぼんやり思った。 「じゃあプロポーズでもすれば?自分で言うようにもう三十なんだし、身固めろよ、姉さん」 「それが出来たら、苦労なんてしないっ」 ぐしぐしと、子どもみたいに泣きじゃくる。 知らぬ間に七杯目を注文していたようだ。 それから十分もしないうちだ。 ニールが、テーブルに突っ伏して規則正しい寝息を漏らし始めたのは。 ポケットから携帯電話を取り出し、通話ボタンを押す。 幾分もしないうちに出たから、粗方向こうも予想が出来ていたのだろう。 「うんそう、俺。また姉さん潰れちゃったからさ、ヨロシク」 それだけ言って、ぱたりと携帯を折りたたむ。 バーテンダーの男性は、ニールにブランケットを掛けてやった。 うん、なんて優しい人なんだ。普通は追い出すよ、こんな空気読めない客。 ライルは、この店が閉店を迎えるまで通おうと決めた。 三十分ほど経って、鈴の音と共に店の扉が開く。 ライルは軽く手を挙げて、ここだ、と合図を送った。 「悪かったな、刹那」 「いいや、別に構わない。お前こそ、明日大丈夫か」 「んー、まぁなんとか」 苦笑いしながら答える。 もう姉の愚痴には慣れっこだし、なんだかんだで大事な大事なたった一人の肉親なのだ。 これくらい、ライルにしてみれば苦でも何でもない。 「お前もなかなかひどい男だよな、姉さんこんなに泣かせてさ」 煙草に火を付けて、そう言う。 姉は自分より歳の若い子達のことをひどく気にしていたが、自分の姉ながら、負けないくらい肌だって綺麗だし、ルックスだって申し分ない。 寧ろ男が勝手に寄ってくるくらいなのだ。 それを全部蹴り飛ばしているのは紛れもない、目の前にいる姉の恋人が理由の全てだ。 「…そうだな。そう思う」 「自覚があるなら早くもらってやれよ。今日だってお前が女の子に囲まれて嬉しそうだったって散々泣いてたぜ」 「あぁ、あれか。やはり勘違いしていたんだな。寧ろ迷惑だった。ニールが来てくれて助かったぐらいだ」 「ならせめて泣かせんなよ。これ以上泣かせたら、俺がもらっちゃうぜ」 「誰がやるか」 「は、冗談だよ、冗談」 煙草を灰皿に押し付けて、伝票を持って立ち上がる。 冗談でも、それに即答したことに敬意を表して、今日は奢ってやろうと思った。 時刻は午前一時を少し回ったところ。 四時間も寝れれば充分だろう。 「ニール、起きろ。ニール」 「ん…せつなぁ…?」 肩を揺すって起こす。 またずいぶん飲んだのだろう、声は出すが、目が開かない。 「……せつなぁ、すきぃ…」 寝言のように、はっきりしない声でそう呟く。 彼女の閉じた眼から、うっすら涙が滲んできていた。 それを指で掬ってやる。 寝ぼけた彼女にも聞こえるように、耳元に近づいた。 「俺も、好きだ。 もう少し待っていろ。大学を卒業したら、必ず、もらってやるから」 ニールにだけ、聞こえるように。 小さく、けれど、低い声で。 彼女の鼓膜だけ、震えるように。 「…せつなぁ…」 涙で哀しげだった表情が、少しだけ、微笑んだ。 (なぁ、昨日、何か言った?) (あぁ、言ったな。今度起きているときに聞かせてやる) (…楽しみにしてる) 09.04.17 日記掲載 title by=テオ ―――――――― というわけで。 ライルが一番の苦労人の刹ニル♀でした。 ニールさんは刹那が好きで好きでしょうがないんだ。でも自分の年齢気にしすぎて臆病なんだ。 そんなニールさんを、刹那はかわいいと思ってんだ! アホですいません。 |