君からしかほしくない。 彼は笑って言った side Neil 「お」 部屋の中で、突然ロックオンが声を上げる。 それまで沈黙しかなかった室内でやっと出た音だから、刹那も思わず顔を上げた。 男の顔を見れば、嬉しそうではあるが、何か企んでそうな、そんな笑みを浮かべていた。 「グリニッジ標準時、三月三日だな」 「…それがどうした」 時刻を見ればそんなことわかる。 ロックオンの不可解な言動に、刹那は眉を寄せた。 男は先ほどとほとんど表情が変わっていない。 「今日俺、誕生日」 「は…?」 唐突にそう言われ、理解するまでに時間がかかった。 誕生日。つまり、生まれた日だ。 「……秘匿義務は、」 「またそういう硬いこと言う。いいだろ、誕生日くらい」 掟を平気で破る目の前の男に、効果はなくとも一応そのことをちらつかせる。 案の定さらりと受け流した。 かく言う刹那も、ロックオンが誕生日だという事実に呆然としていた。 そもそも何故この男はそんなことを唐突に言い出すのか。 どうせ義務など守るつもりなどないなら、もっと前に言っておけば心の準備だって出来ていたのだ。 決して口にはしないが、刹那は、心の中で悪態をついた。 「なぁ刹那、キス、して?」 「…は?」 今度は何を言い出すのだこの男は。 誕生日だと言ったかと思えば、今度はキスを迫る。 あからさまに不機嫌そうな顔をしてやったが、ロックオンの表情は何も変わらなかった。 「だから、キス」 「何故」 「誕生日プレゼント」 なるほど、と思った。 突然部屋に呼び出したにも関わらず何もせず、ただ時間が経つのを待っていたのは、全てこのためかと納得した。 企みを含んだ笑みはよりその気を濃くした。 それがなんだか、やけに癪に障る。 「…断る」 「えーなんで。いいだろ、普段絶対にお前さんからしてくんないんだから。今日だけ、な?」 幼い子どものように口を尖らせる男に、果たして本当に歳を重ねる価値があるのかと刹那は思ってしまった。 「そんなにしてほしければスメラギ・李・ノリエガにでも頼んだらどうだ」 どこか路線のずれた刹那の発言に、ロックオンはようやくそれまでの表情を崩し、苦笑いを浮かべた。 「なんでミス・スメラギ。俺は、刹那にしてほしいんだよ。刹那からじゃなきゃ意味がない」 「何故」 「何故」とわざわざ聞いてくることに対して、ロックオンはまた苦笑した。 「刹那に祝ってほしいんだよ。俺が産まれたことを、刹那に認めてもらいたいんだ。 もし刹那が俺がいてよかったって思うなら、な?」 あぁ、卑怯だ。 そんなこと、思わないはずがないのに。 だってこの男がいて、どれほど救われたか、どれほど生きていることに価値があるかわかったのだから。 今まで祝い損ねた二年分のこの男の誕生日だって、遡って祝ってやりたかった。 らしくないと思う、こんな考え。 だがそれほどまでに、大切に想うのだ。 ロックオン・ストラトスという男の、存在を。 ぐい、と男のシャツを引き寄せ、そして、白い頬に口付けた。 唇を離しロックオンの顔を覗けば、目を丸めている。 なんだ、やれと言ったくせに。 ロックオンはようやく自分の頬に触れたのが刹那の唇だと理解して、ひどく、嬉しそうに笑った。 「お前がここにいて、よかった」 貴方がこの世に存在することに、最大の感謝と、祝福を。 09.03.03 title by=テオ |