ごめんね、泣いてばかりで

ありがとう、帰って来てくれて
「もし」とか、そんな言葉に意味はないから
どこか見慣れた、けれどやはり違う艦内を、刹那は半重力の中漂っていた。
戻ってきた、という表現は正しくはない。
けれど、刹那の中でプトレマイオスに再び入ったことは、言葉で表すならそれが一番しっくり来る。
とん、と床に足を下ろす。
目の前には、大きく宇宙空間が広がっていた。
刹那は、ただその暗い世界を見ていた。

「刹那」

背中から、ただの記号ではなくなったコードネームを呼ばれ、首を動かす。
そこには、最後に会ってからずいぶんと大人びた、彼女がいた。
彼女を妹のように接した人を思い起こさせるウェーブの掛かったポニーテールが、半重力に揺れていた。

「フェルト・グレイス…」

名を呼んだことに、特に意味はなかった。
ただ、呼びたかった。
久しく呼ぶことのなかった彼女のコードネームが、ひどく懐かしく感じてしまったからだった。

刹那に並ぶように、フェルトが床に足を下ろす。
いつの間にか自分の方が背が高くなったことに、刹那は時間の経過を実感した。

二人はしばらく何も言わなかった。
黙って、同じ方向を見ていた。


「無事で、よかった」

ぽつりと、フェルトが言う。

「どうしようって、思ってたの。刹那まで、いなくなってしまったら、って」

彼の、ように。


「…また、戦いが始まるね」
「あぁ」

「……もし…ロックオンが生きてたら、」
「フェルト」

フェルトの言葉を遮るように、刹那が彼女の名を呼んだ。

「『もし』なんて言葉に、意味はない。ロックオンは、もう、いないんだ」
「……わかってる。わかってるの。でもね、考えちゃうの。
『もしロックオンだったら』『もしロックオンがいたら』…そんなことばっかり」

半重力の空間に、いつの間にか雫が浮いていた。

意味がないことはわかっていた。
陽だまりのような彼はもういない。
もう、照らしてはくれない。

けれど、けれども。


思わずにはいられない。


もし、生きていてくれたら、と。



「ごめんね…刹那はせっかく、帰って来てくれたのに…」

必死で溢れる涙を抑えようとするフェルトに、刹那は首を横に振った。

「いい。たぶんアイツは、寂しいから…」

この広い広い宇宙で、たった一人切りだから。

「だから、泣いてやった方がいい」

刹那の言葉に、フェルトの涙は溢れるばかりだった。

涙は置いてきたはずだった。
けれど、貴方にまた会えたら、あの人のことをまた思い出して、悲しみが込み上げた。


フェルトは、泣いてばかりの自分を情けなくも思った。
刹那だってつらいはずなのだ。
それなのに、前を向いて生きようとしている。
自分も強くならなければいけないと思った。
強くなって、彼がもう、心配なんかすることのないように。

だから、ロックオンを想って泣くのは、これが最後だと、そう、決めた。
どのくらいそうしていたかはわからない。
けれどフェルトの涙はいつの間にか止まっていた。

「刹那」

震えを含まない、凛とした声だった。
フェルトの顔を見れば、涙の後は見えたが、微笑んでいた。
そのことに、刹那は少なからず安堵していた。

「帰って来てくれて、ありがとう」

以前とは幾分変わった目線の高さで、フェルトが刹那を見た。

「あぁ」

短くそう応えて、刹那はまた視線を外に向けた。
フェルトも、同じように視線を動かした。


「生きようね」
「あぁ」



それは、彼にも向けた、約束だった。
(ごめんね、会いに行くのは、もう少し先になります。)
09.01.31

title by=テオ


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末っ子の組み合わせが大好きです。
刹那もフェルトもロックオンが大好き。ロックオンも、刹那とフェルトが大好き。
っていうのが理想。笑。