何を考えているかって?

(そんなの言えるわけないだろ?)



優しすぎた激情




ロックオンが刹那の性別を知っていたことを、刹那自身が知ってからというもの、彼女は彼を避け始めた。
会話は最低限、事務的なもの。
食堂で鉢合おうとすれば時間をずらし、声をかけられても極力無視をした。

ロックオンはその現状にため息を付くが、別に悲しんでも落ち込んでもいなかった。
大方予想はしていたからだ。

あの子どもは踏み込まれることを嫌う。
彼女が性別を隠していることもそれまでいたであろう環境を思えば理解したし、それを知っても本人に直接言うことはなかった。
けれどそれでも先日、それを彼女に告げたのは、自覚が必要だと、そう思ったからだ。
「女」であることの自覚。
そう、違うのだ、自分のような「男」と、「女」である彼女は。


刹那は元々人より多く取り組んでいたトレーニングのメニューを、また増やしたようだった。
それを知り、ロックオンはまた一つため息をつく。
スメラギは刹那にメニューの改善を指示したが、彼女がそれを受け入れることはなかった。
拒否をし、それを続け、そして結果、また倒れるハメになった。



メディカルルームで横になる刹那を、ロックオンはただじっと見ていた。
細い身体だ。
その身体についた筋肉を見れば、女の子というにはだいぶ遠いし、かと言って男かと問われれば答えはノーだ。
どちらにもなれないカラダ。
きっと刹那は、絶望すら、しているのだろう。そう、思ってしまう。


しばらくすると、刹那はその眼を開いた。
現状を理解するまでに少し間が空き、理解したかと思えば勢いよく起き上がった。
突然頭を揺り動かしたせいだろう。
くらりと目眩が襲い、刹那は手で額を抑えた。

「あんま無理すんなって」

そんな彼女を黙って見ていたロックオンが、ようやく声を掛ける。
その声に刹那は小さな肩を揺らす。
気づかぬフリをして、言葉を続ける。

「もう少し寝てろよ」
「いい。問題ない」
「問題大アリだっつの。顔色悪いぞ。最近あんまメシ食ってないだろ。それなのにあんなに無理してトレーニング組んで…お前は、」
「やめろ」

刹那の声が、その後続こうとしたロックオンの言葉を遮る。
その先は、聞きたくなかった。
けれど、ロックオンはそれを無視した。

「お前は、女なんだから」
「っやめろ!」

刹那の声が、メディカルルームに響いた。
拒否するように、顔を俯かせる。
そんな彼女を見て、ロックオンはため息をつく。

「刹那」
「…っ」

そう言って手を伸ばし、肩に触れようとしたが、それは刹那によって阻まれた。
痛みが走った腕を見れば、爪で引っかかれたのだろう、血が滲んでいた。
じんじんと痛んだが、無視した。


「甘えんなよ」

その、聞き慣れない低い怒気を含んだ声に、刹那はまた肩を揺らす。

「女であること隠し続けるのはいいさ。でも拒絶するな。お前は女で、どんなに頑張ったって俺やアレルヤのようには行かない。
無理してトレーニング組んだって、胸隠してサラシ巻いたって、女であることには変わりないんだ」
「うるさい!うるさいうるさい…!!」

耳を手で塞ぎ、拒絶を図った刹那に、ロックオンは痺れを切らし、その小さな身体をベッドへと沈めた。
突然の暴挙に刹那は必死に抵抗するが、それは無駄だった。

「…っやめ…!離せ…っ」
「いいか、お前のやってることはただの逃げだ。そうやっていつまでも逃げてたら、それこそガンダムマイスターなんか続けられないんだよ」
「…や…!」

刹那の中で隠し続けた感情をはっきりと言葉で表され、それでもそれを拒絶しようと、抵抗を続けた。
激しい抵抗に、シーツがいつの間にか、ぐしゃぐしゃになっていた。

「お前に…お前に何がわかる…!男で産まれて来たお前なんかに…!!」
「わかんねぇよ。でも逃げることがいいことだなんてこれっぽちも思わない」
「だったら…!だったら…どうすれば、いい…!?」
「受け入れろ」

その静かな、けれど重い言葉に、刹那の動きが止まる。

「逃げるな。受け入れろ。お前は、女だ。でも、ガンダムマイスターだ。ヴェーダに選ばれて、自分でその道を選んだ。
それなら、それを全部まるごと、受け止めろ」
「そんな、の…;」
「大丈夫、お前さんなら、出来るよ」

細い腕を掴んでいた手を離し、そのまま刹那の頭をやさしく撫でる。
先ほどのような激昂は、どこにもなかった。
いつものこの男の表情を見て、ひどく安堵している自分がいることを、刹那は気づいた。
気づいて、そんな自分に対し少し焦りに似た感情が湧き出た。

「…け」
「ん?」
「早くどけ、いつまで人の上に乗っている」
「ぐぇっ」

刹那の膝が、ロックオンの鳩尾を直撃した。
男が痛みに悶えている間に、刹那はするりとベッドから抜け出す。

「〜〜〜っお前…!」
「股間じゃないだけありがたく思え」

なんとかわいげのない。
先ほどまであれほど感情を剥き出しにしていたというのに。
刹那は、ロックオンに背を向けたまま、メディカルルームを後にしようとしていた。

「刹那」

そんな彼女に、ロックオンは声を掛ける。
刹那はその歩を止め、ロックオンの方を向いた。
彼は、いつの間にか何もなかったかのように、ベッドの淵に腰をかけていた。

「少なくともお前さんが女で産まれたことを、俺は喜んでやるよ」
「……意味がわからない…」
「わかんなくていいよ。ただ、知っとけ」

言葉の意味もわからぬまま、刹那はメディカルルームを後にした。
だが、心の中がやけにすっきりしていたことは、確かだった。



たった一人だけになったメディカルルームで、ロックオンはまたため息をついた。
今までと違う、安堵を含んだそれ。

「言えねぇなぁ、まださすがに」

含み笑いをしながら、呟いた。







(その喜びが、恋だなんて)







09.01.01


title by=テオ