なんで、そんなに甘やかしたいのかなんて君は不思議そうに言うけど

そんなの簡単なんだよ
光の当たる場所
「ほら刹那、どれがいいか選べって」
「……」

刹那の目の前にはいくつもディスプレイされた服たちがその存在を主張している。
刹那は動かない表情の中にも明らかに戸惑いを浮かべていた。

「別に必要ない…この間も買ってもらったばかりだ」
「あれは俺が勝手に選んで来たやつ。今日は、お前さんが自分で選ぶの」
「あれで十分だ。これ以上必要ない」
「だーもう!なんでお前はそんなに欲がねぇんだ!」

当初困惑していたのは刹那の方だったはずなのに、いつの間にかニールの方が刹那の発言にいきり立っている。
これでは刹那も何も言えなくなってしまった。
「服買いに行こうぜ」と急に言われショッピングモールまで引っ張られて来たが、刹那は特に衣服を今ある以上
購入する必要はないと思っているし、それ以上に自身で服を選んだことがほとんどと言っていいほどないので、
何がいいのか全くわからない。
ニールが選んでくれた方がずっといいのだが、彼にとってはそれが不本意らしく、刹那が自身で選ぶことを望んで
いるようだった。
ELSが空に上がり、お互いの感情を吐露し合ったのをきっかけに、ニールは、刹那にとことん甘い。

「何かしたいことあったら何でも言えよ」
「何か欲しくないか?」
「休みだから刹那が行きたいとこどこでも行こうぜ」

そんなことを、もう口癖みたいに言う。

刹那は、特別したいことも行きたいところもなかった。
今こうして、生まれ変わった"ニール・ディランディ"と同じ時間を同じ場所で過ごせる。それだけで気持ちが
満たされているから、これ以上望むことなんて何もなかった。
それに、いざ何がしたい、なんて言われても思い付かない。
ニールは刹那に、所謂普通の生活をさせたいようだが、刹那自身、何を望めばニールの考える普通の生活になるのか
分からない。
かと言って何もいらない、と言うとそれこそ彼は肩を落とすだろうから、それも嫌だと思った。
戦うことより、刹那にとっては難関な問題なのかもしれない。


それでも、ニールが自分の近くにいるのが、ただただ嬉しいと思う。
全部、話した。

中東の渇いた大地に生まれ育ったこと。
最初に人を殺したのは、自分の両親だったこと。
ゲリラの少年兵として戦地で多くの人間を手に掛けてしまったこと。
ソレスタルビーイングのこと。
武力介入を行い、世界の敵となって戦ったこと。
人類初のイノベイターになったこと。
ELSのこと。
マリナとの出会い。大切な仲間との時間。
そして、ロックオン・ストラトスから与えてもらったたくさんのことと、それ以上のものを自分が奪ってしまったこと。

自分が生きてきた時間全部を、つっかえつっかえ、言葉を引き出しながら話した。
ニールはその間ずっと、刹那を後ろから包み込むようにようにして抱き止めながら、刹那の言葉一つ一つに「うん、うん」
と丁寧に相槌を打ってくれた。
背中から感じる温もりが、刹那の言葉を促しているようだった。

刹那が過去のことを話しても、ニールが刹那から離れるようなことはなかった。
接し方もそれまでと変わりないから、刹那は安心した。
だがそれを境に、ニールは刹那に

「何でも望むこと、言っていいんだからな」

と言うようになった。


刹那が戦い通しの生き方しかして来なかったことを、もしかしたら憐れんだのかもしれない。
彼なりの優しさなのだろう、と思う。
今の彼は、紛争とは無関係の、平穏な人生を送れているから。平和な、普通の毎日を過ごしている。
それを、刹那にも与えたいと思ってくれているのだろう。

嬉しい、と素直に思う。
彼が、"ニール・ディランディ"が平穏な日々を送れていることも、刹那にそれを教えようとしてくれていることも。

けれど、不憫にも思ってしまう。
生まれ変わった彼は、争いとも戦争とも距離を置いた人生を過ごしていた。
それなのに再び自分と関わり、違う道を歩もうとしている。

「俺はたぶん、刹那の望むことを叶える為に刹那にまた会ったんだよ」

彼はそう言った。
そんなの、あんまりだと思った。
せっかく生まれ変わる以前の記憶もなく、復讐も何もする必要のない人生を送っていたのに、その人生が自分の為に
あるなんて。
もっと他の道があるはずなのに。
それこそ、ただ一人の女性と一緒になって、温かい家庭を育むことが出来る。
今の彼にはそちらの方が合っている。


一緒にいるべきではないのだろう、と思う。
きっと、彼が近くにいることを嬉しいと思うこと自体、間違っているのだ。
そこまで考えるなら、彼の傍を離れるなり何なりすればいいのだ。

なのに、彼の隣にいる心地よさを、もう知ってしまっている。

夜眠りに付いているときに、過去のことが夢に出てくることがある。
自分が手に掛けてきた人たちが、次々に現れては、血を流し消えていく。
真っ暗な闇の中で、どんなにもがいても掻き消すことの出来ない、過去の過ち。
けれど、気付くと次第に温かな光に包まれていく。
あれほど胸に重く落ちていた鉛が軽くなっていく。
ふ、と目を覚ますと、彼が自分を抱きすくめて隣で眠っているのだ。
ニールが、柔らかく包んでくれている。
その温かな感覚に、どうしようもなく気持ちが絆される。
それは、ロックオンの時とはまた違った、彼独特の、優しく穏やかな感覚だった。

今さらそれを手離すことが、怖いとすら思ってしまっている。
そんな矛盾が、刹那の胸の中でひしめいていた。
ぱ、と刹那が視線を上げると、ニールはいつの間にか側からいなくなっていた。
どうやら刹那がぼぅっと服を眺めている間に別の場所へ行ったようだ。
一人ぽつりと佇んでいることに、なんだか急に心許ない感覚が出てくる。
弱くなったものだ、と思う。
『言葉にしなきゃ、わかんないだろ?』

"彼"の言葉が、ふいに頭を過ぎった。

『下手くそでもいいんだよ。間違えたっていい。それでも、刹那の言葉で伝えてくれよ』

笑って、そう言ってくれた。
もうずいぶん昔のことなのに、こんなに鮮明に思い起こされる。
ロックオン。
アンタはいつまでも、俺の道標でいてくれるんだな。


「せつなぁ」

呼び声のする方に顔を向けると、ニールが小走りで駆け寄って来ていた。

「よさそうなのいくつか見つけて来たぜ。この中からだったら、選べるだろ?」

そう言いながら、刹那の前に服を並べ始めた。
選択肢が多すぎるから、刹那が選びやすいように絞り込んでくれたのだろう。
その優しさに、図らずも胸がじんわりと締め付けられる。

ロックオンの言葉が甦る。
そうだ。何でも、言葉にしなければ。


「何故…」
「ん?」
「何故俺の為に、ここまでする?アンタには、過去の記憶なんてものないんだろう。
だったら、俺にこんな風に色々してくれる必要なんて、ないだろう」

刹那がそう言うと、ニールは一瞬だけ瞠目して、それから目を細めて笑った。

「だから、だよ」

ニールの答えに、刹那は目を見開いた。
ニールは構わず続けた。

「お前さんの言う通り、俺は"俺"の過去にあったことなんて何も覚えちゃいないよ。紛争も何も知らない、至って
平穏な人生送ってる」
「だったら…」
「でもだから、俺は刹那のことこれでもかって言うくらい甘やかせるんだぜ」

「だったら」と言う刹那に対して、ニールは「だからこそ」と言う。
彼の本心が、刹那には見えなかった。
ニールはそんな刹那の気持ちを察したのか、柔らかな笑みを浮かべ、口を開いた。

「俺さ、記憶はないよ。でも、知ってるんだ」
「何を…」
「みんなが、刹那のこと大好きだって気持ち」

刹那はいよいよ、赤褐色の眼を零れそうなくらいに見開いた。

「刹那の周りにいた人たちみんなが刹那のこと大好きで、みんなが刹那の幸せ願ってる」
「もちろん、俺は"俺"の気持ちも知ってる」
「本当は、いっぱい甘やかしてやりたかったんだ。戦争のない日常を、送って欲しいと思ってた」

彼は穏やかな顔をしてそう言った後、寂しそうに目を細めた。

「でも、"俺"の中には憎しみとか復讐心とか、そういうのが入り混じって、人をたくさん殺した罪悪感もある。
そんな"俺"がお前に言えるのなんて、『変われ』とか『生きろ』とかしかなかった。
ほんとは、『もういいよ』って、言ってやりたかったけど、自分にそんな資格ないって、思ってた」

そんなことないのに、と思う。
"彼"はいつだって自分に道を示してくれた。それが、どんなにか自分を救ってくれたか、わからないくらいだ。

「俺はそんな"俺"の気持ちを、全部知ってる。でも新しい俺自身は、戦いも憎しみも、お前に対するわだかまりも
持ってない」
「だから、思う存分、お前のこと甘やかして、お前の傍にいれるんだ」
「"俺"が望んだことでもあるんだ。お前の傍にいて、今度こそ何の隔たりもなく、お前の望みを叶えてやれる。
それはずっと遠い昔から、願ってたことなんだ」


胸が、いっぱいになった。
遠い遠い、途方もない昔から、"彼"はそんな風に自分のことを思ってくれていたのだ。
自分の傍で、"彼"自身の願いを叶える為に、"彼"は新しい自分になったのだ。
たくさんの、たくさんの思いを抱えながら。

「俺は、不思議だったよ。なんで自分がイノベイターとして生まれたのか。
でも刹那に会って、やっとわかった。伝えたかったんだ、お前に。"俺"や、みんなの想いを」

そう言って、彼はこつりと刹那の額に自分のそれを付けて、意識を広げて来た。
温かで柔らかな波長が、刹那の中に流れ込んだ。
それは、光のようだった。
光の中に、たくさんの人たちが立っている。
マリナ。フェルト。ライル。スメラギに、アレルヤに、ティエリア。
イアンやラッセ、ミレイナ。リヒテンダールと、クリスティナ。
あぁそして、ロックオンもいる。
みんな、笑ってくれている。
自分に対して、こんなにも温かな笑みを向けてくれている。


「託されたんだよ、俺は。"俺"にも、みんなにも。
今度こそ刹那が、自分一人の為に生きていけるようにって、その願いを、託されたんだ」

刹那はようやく理解した。
これだったのだ。彼から、ニールから感じていたどうしようもなく温かで優しさに満ちた感覚は。
泣きたくなるほどの、安心感。
彼は、ずっとこの想いを抱えて、自分に会いに来てくれたのだ。
みんなから託されて、再び生を受けたのだ。
想いが分からないわけでも、忘れていたわけでもなかった。

ある人は、自分のしあわせをただ一心に願ってくれた。
ある人は、自分を想ってずっと手を握ってくれていた。
ある人は、大切な人を奪われたのに自分を信頼してくれた。

みんなの想いを、知らないわけではないのに、自分にはそれを受け取る資格なんてないと思っていた。
でも、今ならわかる。
自分は、受け取るべきなのだ。
これだけの温かな想いを、捨てることなんてもう出来なかった。
受け取って、そうして生きていけばいいのだ。


「簡単なんだよ刹那。俺がお前を甘やかす理由なんて。
俺がお前のことが大好きで、今度こそ自分の為にしあわせになってほしいっていう、刹那のこと想うみんなの
気持ちを知っているからなんだ」

たった、それだけのことなんだよ。そう言って、ニールは優しく笑った。

「だからさ、刹那。これからのお前さんの課題は、目一杯わがままを言って、俺を困らせることなんだぜ」

に、と歯を出して笑った。
その笑みに涙が零れそうだったけれど、どうにか耐えた。

「……それは、高度なミッションだな。今までで一番、難しそうだ」
「大丈夫。時間はたっぷりあるんだ。これからいくらでも、一緒にいられるんだからさ」

ニールがくしゃりと刹那の癖毛を撫でた。
その感覚に、刹那は涙が落ちそうなのを耐えながら笑った。
ひどく下手くそな笑顔だったと思う。
けれどニールは、嬉しそうに笑ってくれていた。

「とりあえずまぁ、最初の課題はこん中から選ぶことだな」

ニールは自分の持って来た洋服を指した。
刹那はニールの気持ちに応えるようにしばらく考えた後、大事なことを口にするみたいに、言った。

「そうだな…青が、いい」
「オーライ」


「ニール」
「ん?」
「ありがとう…」
「どういたしまして」
「しあわせになる準備をしよう」

ニールが言った。

「焦らなくたっていいんだ。時間は目一杯あるんだから。
長い長い時間を掛けて、刹那は刹那のしあわせを見つけ出せるように準備をすればいいんだ。
その為にこれから生きていくんだよ」

俺が一緒だから、平気だろ?
そう言って、笑った。
10.10.22


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ニールがイノベイターとして生まれ変わる意味を考えたらこうなりました。
思うように書きたいことが書けず…伝わったでしょうかね…?
要するに、ニールが刹那をしあわせにする代表なのです。(ざっくり