親友だと、思ってました。
計算と誤算で創られたこの関係−2−
なんだか成り行きで決まった俺と刹那の少しおかしな関係は、とりわけ順調だった。
毎週木曜にはお互いの予定を確認して、何もなければ夕食を共にする。
場所は居酒屋だったり、ファミレスだったり、色々。(もちろん俺の奢り)
刹那には毎度毎度悪いと思いつつ、それでも仕事で溜まった愚痴を彼に吐き続けた。
刹那は、黙って俺の話を聞いてくれた。
何も口出ししないで、時々「大変だな」って言ってくれて。
刹那は刹那で、俺に学校でわからなかったところ聞いてきたりして。
それがすごく、居心地がよかった。
思えばこんな風に本音をさらけ出せる相手なんて今までいなかったと気付く。
ライルも話せば聞いてくれるけど、向こうも仕事が大変なわけで、あまり愚痴らしい愚痴は言えない。

俺的には、これ以上ない話し相手。
うんそうだ、親友とでも言ってしまおう。
天は俺を見放さなかった。
この歳になって、こんなにも素晴らしい友人が出来たのだから。
ちなみにあれ以来抱き合うことは一切なかった。
だって友人なわけだし。友達同士では、そんなことはしないから。

刹那のおかげで前よりも胸が軽くなり、仕事もある程度順調に進んでいった。
上司の嫌味にもセクハラにも、刹那に会えることを考えれば我慢出来た。
「あ、俺今日も遅くなるな」

家を出る前に、ライルにそう言う。

「…また刹那と?」
「うんそう」

あっさりと答えた俺を見て、ライルは少し困ったような顔をした。
何か変なことを言っただろうか。

「姉さんさぁ…刹那のことどう思ってるわけ?」
「どうって…親友?」

寧ろ救世主と言っていいかもしれない。
刹那は俺の負の無限ループから救ってくれたとんでもなくいいヤツだ。

俺がそう言うと、ライルはどこか呆れたようにため息を吐いた。

「…姉さんそれでいいわけ?」
「何がだ?」
「……や、何でもない。行ってらっしゃい」

ひらひらと手を振って、ライルが言う。
そのどこか附に落ちない態度に疑問は沸いたけれど、時間が時間だった為に足早に家を出た。
午後になる頃には、ライルの行ったことなんて頭から消えてしまっていた。
「ディランディ君、来客だ。お茶を出してもらっていいかね」
「はい」

なんで俺。別に暇そうにしてるつもりはなかったのに。
なんて思いながら、立ち上げていたファイルを一旦保存して給湯室に向かう。
来ているのがこの間の重役らしく、それで俺がご指名なことに納得が行った。
一気に気分が憂鬱になる。
あぁ、早く夜にならねぇかな。


「失礼します」

ノックをして部屋に入る。
室内をちらりと見れば、望んでもいないのに「裸のお付き合い」をしてしまったあのおっさんを見つける。
笑顔が気持ち悪い。

「どうぞ」と言って、お茶を出す。
さっさとその場を後にしようと思ったけれど、やっぱり許してはくれなかった。

「ディランディさん、先日はどうも」
「ご無沙汰してます。本日はわざわざ足をお運びいただきありがとうございます」

貼り付けた営業スマイル。
ゼロ円で提供しているハンバーガーショップは素晴らしい、なんて思ってしまう。

「今度よかったらまた夕食でもどうですか。いいお店を知ってますよ」
「ありがとうございます。是非」

自然に見せかけてひどく不自然に、手に触れられる。
その感覚の気持ち悪さったらない。
側でやたらに笑う上司ににも嫌気が差す。
辞表届けって、出したら受理されるのかななんて、そんなことまで考えた。
「それでもう、その手の感触の気持ち悪さったらなかったね!
なんていうかこう、ねっとり?っていうの?そんな感じでよ!」

生ビールを喉に流し込んで言う。
言葉にしただけで嫌悪感が襲ってくる。

今日は俺のリクエストで居酒屋に来ている。
飲みたくてしょうがなかった。

「あまり飲みすぎるな。明日も仕事だろう」
「わかってるよ。…なんか、ごめんな来て早々こんな話で」
「別に気にしない。話したいだけ話せばいい」

あぁ、なんていいヤツなんだ。
世間の男はみんなこうあるべきなんだよな、うん。


「刹那って今大学三年だっけか」
「あぁ」
「そっかー早いよなー。もう刹那21だもんなー」

時の流れをしみじみ感じる。
道理で俺も歳を取るわけだ。気付けばもう30だよ。

「刹那おっきくなったよな」
「…もう21だ。当たり前だ」

少しだけ拗ねたような表情になって、それがなんだか面白かった。

「だって昔はこんな小っさかったじゃん?」
「…何年経ったと思ってる」

手で俺の肩より少し低い位置で身長を表してみれば、やっぱり刹那はどこかふてくされているようだった。

小さい頃を知っているだけに、今の刹那はなんだかすごく頼もしく感じる。
背も伸びたし顔立ちもすっきりしている。
おまけに無口で優しくてどこか包容力を感じる。
世間の男は刹那を見習えばいいんだ。

「…なんだ?」
「え、あーいや…世の中刹那みたいないいヤツばっかならいいのになって思って」

じっと顔を見ていたのを指摘され、思わず素直に口にする。
刹那は少しだけ眉を寄せた。

「…いいヤツか」
「え、うん。もしかして自覚ないか?相当いいヤツだぞお前さん」
「…そうか」

それきり、刹那は言葉が少なくなった。
もしや、悪いことでも言っただろうか。
帰り道は、特に何事もなかった。
さっきのどこか悪いように感じた空気は、やっぱり気のせいだったようで、安心した。
家に着いた所で、別れる。家が隣通しっていうのはとても便利だ。

「じゃあ刹那、今日もありがとな」
「あぁ」

そう言って、玄関の扉を開けようと鍵を探す。

「ニール」

声を掛けられ、後ろを向けば、刹那はまだそこにいた。

「何だ?」
「……いや、何でもない」

刹那はそのまま自分の家に向かってしまった。
何か言おうとはしたのだろうけれど、それが何なのかは全く見当が付かなくて、俺もそのまま家に入った。
刹那の言わんとしたことがなんだか気になって色々と思い当たることを考えてみた。
なんだか俺、この間から刹那のことばっかり考えてるな。
いや、大事な友人のことを思うのはちっともおかしくはない、うん。

色々考えて、もしかしたら何か相談したかったのかもしれない、という結論に出た。
刹那の歳だ、色々と悩み事は尽きないはずだ。
それでなくとも普段俺は刹那に話を聞いてもらってばかりなわけだし、たまには恩返しの 意味も含めて刹那の話を聞くのもアリだろう。
そう思って、少し張り切って仕事をこなした。
今日来たのイタリアンの店。
あまり堅苦しくなく、それでいて落ち着いた雰囲気だから、俺のお気に入りの店だった。

少しだけ酒を入れて、気分も良くなってきた頃に切り出した。

「そうだ刹那、今日はさ、俺の話じゃなくて刹那の話聞こうと思って」
「俺の?」
「そ。いっつも俺の話ばっかり聞いてもらってるだろ?だからたまには刹那の悩み事とか、 聞こうと思ってさ」
「特にないが…」

刹那の言葉に少し拍子抜けしてしまうが、それでもめげない。

「何かあるだろ?ほら例えば勉強とか…」
「いつも聞いてもらってる。今日は特にない」
「将来のこととか!」
「就職活動はもう少し先だ」
「あ、じゃあ恋愛とか!」

そう言った瞬間、胸がちくりと痛んだ気がした。
あれ?

「…恋愛…」

けれど刹那がそこに反応したから、今更引き下がるわけにはいかない。

「そうそう。刹那、今好きな子いるか?」

ちくちくずきずき。
あれ?なんだコレ。何でだ?

「あぁ、いる」

ずきん。
あれ?あれれれれ?

何の迷いもなく頷く刹那に、俺の胸がただただずきりと痛んだ。

「…あ…そ、そっか、いるのか!刹那が好きな子だもんな、きっと可愛いんだろうな」

ずきずきずきずき。
ずっと胸が痛い。
自分が言う言葉にすらひどく反応する。

「…そうだな、可愛いな」

あ、ダメだコレ。泣きそうだ。
だって刹那が、あんまりに優しそうな顔するから。

「そっ、か…。…っあ、あのさ刹那、俺用事思い出したから、帰るな!」
「あぁ、なら俺も」
「や、いい!ほら、料理まだ、あるし…大丈夫、だから…、うん。じゃあ、またな」
「おい、ニール」

必死で笑顔作って、なんとかその場を去る。
会計をしている間、顔は上げられなかった。



帰り道、頭の中を空っぽにしたくて走ったけれど、駄目だった。
頭をちらつくのは、「好きな子がいる」って言った、あの刹那の顔。
知らなかった。あんな顔、するんだ。

親友だと思ってた。
すごい、いいヤツだなって思ってた。
でももう駄目だ。そんな風に思えない。
なんで、今更自分の気持ちに気付くんだ。馬鹿じゃないのか、俺。



家に着いて、リビングの戸を開ける。
ライルがソファに座ってテレビを見ていた。

「おかえり。どうしたんだよ、早いじゃん。刹那と何かあった?」

刹那。その名前を聞くだけで、もう胸が痛い。

「なぁ、ライル…」
「…なんだよ、どうかしたのか姉さん」
「俺、お前の言ってたことわかった…」

俺がそう言うと、ライルは目を丸めた。それで、呆れたようにため息を吐いた。

「やっと気付いたわけ?」
「…お前、知ってた?何でだ?」
「だって刹那の話する姉さん、どう見ても『恋する乙女』の顔だったぜ」

「恋する乙女」。
なんだか自分にはひどく不釣合いな気がした。

「刹那さぁ、好きな子いるんだって…。可愛い子だって、言ってた…」
「は?いや姉さん…?」
「うん、いいんだ慰めてくれなくて。俺もう寝るな。おやすみ…」

リビングの戸を閉める時にもライルが何か言ってた気がしたけれど、今は何も聞く気になれない。
部屋に入って、扉に寄りかかってそのままずるずるとずり落ちる。

刹那に会って、話を聞いてもらうようになって、何でも上手く行くような気がしてた。
刹那に会うと胸が軽くなった。
無口で優しくて包容力があって。
すごくいい友人に巡り合えたと思っていた。
なのに、違ったんだ。

あぁ情けない。
自覚したと思ったら、途端に失恋なんて。
馬鹿みたいだ。


なんでだろうな。

こんなはずじゃあ、なかったのに。
09.05.27


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世の中にこんなにセクハラばっかりする男がたくさんいたら嫌だな、と思いながら書きました。笑。
せっさんが就活まだなのは、確か工学部は時期が遅いと聞いたので。(違ったらすいません)