何も心配いらない。 大丈夫と呟いた 無造作に、そこらじゅうに跳ねた黒髪。 手入れなど一切行っていないのだろう。 いかにも自分に興味がなさそうなことは、彼のこれまでの行動で容易に窺い知ることが出来た。 14歳という若さでガンダムマイスターに、世界に喧嘩を売ることを許された刹那・F・セイエイという少年は、どうにもロックオンの目に止まった。 気になる。 どうしても、気になる。 あの、伸ばしたい放題、跳ねたい放題の髪が。 刹那がガンダムマイスターとしてソレスタルビーイングに入って数ヶ月。 ロックオンは、一人悩んでいた。 原因は、刹那のあの、自由すぎる髪だった。 元々世話焼きなのが高じて刹那の身の回りのことを色々と口出しをしてきた。 (本人がそれを安々受け止めていたかどうかは別だ) それまで刹那がいた環境も相まってそれなりに時間も要したが、ようやく人並みには生活出来るようになってきている。 コミュニケーション云々の話は、この際置いておく。 だがここに来て新たに問題が生じる。 それが、その刹那の髪だ。 彼がこの組織に来たときもなかなか目を見張るものだったが、今はそれよりもさらにひどい。 元々猫毛でクセが付きやすいのだろう。 寝癖が付けばそのまま、跳ねる方向は各々自由。 さらに、量が多いせいでかなり広がっている。 ロックオンとしては如何せん頂けない。 刹那には申し訳ないが、我慢も限界だった。 「刹那」 呼べば、振り向く。 ここまでするようになっただけでも褒めてやりたい。 なにせ来たばかりの頃は本当に、誰とも接触しようとはせず、来るものは本気で拒んでいた状態だったのだから。 返事はないが、視線で次の言葉を待っているのがわかった。 「ちょっと来い。髪切るぞ」 そう言った瞬間、刹那の雰囲気が一転したのがロックオンには手に取るようにわかった。 逃げはしないが、全身で拒絶している。 敵を見る目だ。 彼のそれまでいた環境を知っているわけではない。 だが、見ればわかる。 戦場にいた、目だ。 周りはすべて敵。 背中を見せれば、殺される。 それがもう身に染みているのだろう。 戦場にいた経験はなくても、それまで狙撃手としてやってきたロックオンも、敵に背中を捕られればどうなるかぐらい理解している。 髪を切ると言うことは、それはすなわち相手に背中を晒すということ。 しかも、相手は凶器となりえる物を持っている。 例え相手がそれなりに心を許し始めた人間でも、それは刹那にとっては恐怖以外の何物でもなかった。 予想通りの反応に、ロックオンは苦笑いをした。 「刹那」 名前を呼ぶと、刹那の肩がびくりと揺れたのがわかった。 だが気にはしない。 ロックオンは言葉を続けた。 「じゃあ、こうしよう。もし、だ。もし俺がお前さんに何か危害を加えるような行動を取るのがわかったら、俺を殺していい」 刹那の、紅い目が見開いた。 「お前さんにコレやるよ」 そう言って刹那に手渡したのは、サバイバルナイフ。 真後ろにいる人間に一突きすれば、おそらく死に至るだろう。 「…本気、か?」 ぽつりと、ようやくそれだけ刹那が言った。 刹那の言葉に、ロックオンはただ「あぁ」と肯定した。 そして、くしゃりと、刹那の無造作な髪を撫でる。 「大丈夫、お前さんに傷一つ付けないって、約束してやるよ」 いつもは拒絶の言葉が出るそのロックオンの動作にも、今日は何もなかった。 数分後、刹那の部屋のシャワールームから、はさみの小気味よい音が聞こえた。 刹那は、背中に人間が立つその恐怖と戦いながらも、手に持ったナイフを使用することはついになかった。 背中を預けることを知った日。 09.02.18 title by=テオ |