あなたに、未来と言う名の花を
水たまりを飛び越すくらいのほんの少しの勇気が欲しい
アロウズやイノベイドとの戦いを終えて、数ヶ月が経った。
世界は確実に一つになろうと歩みを揃えている。


宇宙でエクシアと共に漂っていた刹那は、プトレマイオスに発見され救助された。
怪我の再生には多少の時間を要したが、純粋種のイノベイターとして確立しただけあって、その回復力は普通の人間よりも早かった。

プトレマイオス内もようやく復旧の慌しさから抜け出してきた。
そんなときだ。


「おぅ刹那、お前暇か?」

そう言って声を掛けてきたのは、ライルだった。
そのあまりに突拍子もない言葉に、思わず食堂にいた全員が目を丸めた。

「暇…と言えば暇だが」

確かに武力介入も戦いもない。
おまけにプトレマイオスはほぼその機能を取り戻している。
暇と言えば、暇だ。
だがそんな、今からちょっとお茶でもしに行こう、みたいなそんな雰囲気には到底なれない。
ライルの誘い方がそのような感じだったものだから、刹那は言葉を濁して返事をしてしまった。

「じゃあちょっと付き合えよ。いいだろ?ミス・スメラギ」
「えぇ、まぁ…」
「じゃあ決まりだな。ほら、支度しろよ」
「今からか」
「早い方がいいだろ。ほら早く」

周りの戸惑った空気を気に留める様子もなく、ライルは刹那を急かした。

「じゃ、戻る頃にまた連絡するからよ」

食堂を去る際にそれだけ言って、ライルは刹那を連れてそこを後にする。
プトレマイオスを街が比較的近い場所に降ろしてもらい、二人は艦を出た。


街で車をレンタルしてライルが刹那を連れて行ったのは、とりあえず飛行場だった。
行き先を全く告げられていない刹那は未だ戸惑いの表情を隠せなかった。
どこへ行く気だと尋ねても、茶化すようにしか答えないライルに、刹那は徐々に不信感すら募らせた。
だがその不信感もライルがチケットを購入し、ゲートを通るまでだった。

判明した行き先はアイルランド。
ライルと、そしてその兄であるニールが生まれ育った地だった。
さくり、と雑草を踏みながら歩を進めていく。
刹那は、ライルの数歩後を歩いていた。
航空機に乗ってから今に至るまで、二人はほとんど無言だった。

刹那の足が、ぴたりと止まる。
まるで一線を引かれ、そこから踏み込めないように立ち尽くした。

目の前に広がったのは、墓地だった。


先に墓地に入り歩を進めていたライルは、ようやく刹那が立ち止まっていることに気付き、振り向いた。
顔を俯かせそこから動こうとしない刹那を見て一つだけため息を吐き、戻って刹那の手を引いた。

「ほら、来いって」

それでも、刹那は足を動かそうとはしなかった。
代わりに、ふるふると頭を振る。

「資格が、ない。お前の家族に顔向けなんて、」
「資格?んなもん充分すぎるくらい持ってる。お前が資格がないと思ってるのと同じ理由だ。
お前が自分のしたことを悪いと思ってんだったら、俺の家族にちゃんと言えよ。

自分は生きてる。これからも生きるってな。
それで、未来のために、世界を見続けるって」

刹那の赤褐色の目が、大きく見開かれた。
ライルはそれを見てまた刹那の手を引き、歩き出した。

刹那は、自身の足でしっかりと歩を進めて行った。
たどり着いた墓石を、ゆっくりと視界に入れる。
一番下に見知った名前があるのを見て、刹那は何かが込み上げそうになった。

刹那は、片膝を付いてしゃがみ込み、目を瞑った。
自分の責任で命を失った三人と、そしてかつての仲間に、祈りを捧げた。
しばらくしてから刹那はその眼を開け、立ち上がった。
視線は、まだ目の前の墓石だった。

「名前」
「ん?」
「彫ったんだな、アイツの」

刹那が指しているのが兄のことだとわかり、ライルは納得した表情を見せる。

「まぁな。一人だけ宇宙にいたまんま、ってのも、可哀想だろ。
兄さんあぁ見えて寂しがりやだしさ」
「…そうだな。なんとなく、わかる」

誰よりも気さくでみんなに打ち解けていたのは、きっと彼が家族というものを知っていて、誰よりも孤独が嫌いだったから。
だからせめて、形だけでも家族のもとに。
一人で宇宙を彷徨わなくていいように。

刹那はちらりと視線を動かし、目の前の墓石のすぐ横に立つそれを見た。
彫ってある名前は、隣にいる男が愛した女性。

「作ったんだな…アニュー・リターナーのも」
「…まぁ、な。…意味のないことはわかってるさ。イノベイドなんて存在は、たぶん魂なんてない。
だから、俺の自己満足だ。ここに来れば、アニューに会える気がしてる。
…馬鹿だろ?」

自嘲気味に、ライルが笑った。
刹那は、首を横に振って否定した。

「そんなことはない。きっと、彼女も喜んでいる」
「…だといいんだけどな」


「…ライル」
「ん?」

ライルが返事をしてから一呼吸置いて、刹那が言葉を紡ぐ。

「ありがとう。きっと、俺一人ではここに来ることは出来なかった」

生きている自分。
その姿を彼らに見せることは、どうしても出来なかった。
何度も来ようとした。
その度に、押し迫る罪の意識が刹那の足を止めた。
だが今日ようやく、謝罪と祈りを捧げることが出来た。

「別に、お前のためじゃねぇさ。俺が満足したかっただけだ」
「…そうか」

どこか突き放すような言い回しをするライルに、それでも、刹那は穏やかな表情を見せた。


アイルランドは、穏やかな空だった。
(さぁ、未来のために歩き出そう)
09.03.30

title by=テオ


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刹那の性格上直接双子の家族に会いには来ないだろうな、という偏見。
最終話でライルが墓参りしてるのを見て即行で思いついたネタでした。