例えこの手が、血で染まっていたとしても、
風が運ぶ花の色
刹那の持つシャワーノズルの付いたホースから出る水が、雨のように降った。
アレルヤに言われた通り、花には直接当たらないよう気を配った。
日差しがだいぶ暖かいとは言え、まだやはり水が冷たい。
風邪を引かないように、とロックオンに半分強制的に巻かれたマフラーのおかげで、身に染みるほどの寒さではなかったけれど。
刹那は足元に目を落とした。
そこには、完全に春になりきっていない季節に、生きようと背を伸ばす花たちがいた。


「刹那」

呼ばれ、視線を動かす。
アレルヤが鉢を手に刹那に歩み寄る。
彼の持つ鉢に目をやったけれど、そこにある花が何と言う名前なのか、刹那にはわからなかった。

「ありがとう、水やってくれて。冷たかったよね?」
「別に、問題ない」

相変わらず淡々と、余計なことは話さない刹那だったが、アレルヤは笑顔を向けただけだった。
もう彼のその言い回しとか、性格は三年以上も仲間として接していれば、慣れも自然と出てくる。
刹那はノズルのボタンを押し、水を止めた。
やめてもいいとは言われなかったが、充分水は行き渡っただろう。
アレルヤは、持参していたスコップで土を掘り起こし、先ほど手にしていた鉢の花を植え替えようとしていた。
刹那は、ただじっとその様子を見ているだけだった。
アレルヤが庭の手入れを始めたのは、ここに暮らし始めてから、わりとすぐだった。
ロックオンが購入した土地と家には庭も作られていたが、所詮男四人の所帯。
手入れなど誰も進んでやろうとしない為、自然と咲いていた花も枯れ始めた。
それに奮起したのがアレルヤで、庭を再生させるどころか進化までさせた。
ロックオンはせっかく庭があるんだからと喜んでいたが、ティエリアはやりすぎではないかと少し呆れていた。

刹那は、いつの間にかアレルヤの手伝いが日課になっていた。
きっかけは何だったかわからない。
ただ単純に、手伝いを頼まれて、それからそれが当たり前になっていったような気がした。
確かに時間を持て余していたのもある。
しかし、アレルヤと共に庭の手入れをすることは、刹那にとっては、決して、苦ではなかった。
植物の名前も、アレルヤのおかげでだいぶ頭に入った。
別に積極的に覚えようとしているわけではないが、彼が花の世話をしながら話すので、自然に頭に入っていったのだ。


ただ、刹那は疑問が胸にあった。


許されるのか、と。

散々、散々人の命を、ましてや、自分の両親のそれすら奪っておきながら、自分に命を育てる権利が果たしてあるのか、と。

自分の手は血に染まっている。
その手で育てた花は、きれいになど咲けるのだろうか。
「アレルヤ」
「何?」

いつの間にか自分の隣にしゃがむ刹那に、アレルヤはその手を止めて視線を送る。
刹那は、ただじっと花を見ていた。

「何故お前は、花を育てる?この庭を、ここまで維持しようとする?」

投げかけられた疑問に、アレルヤは一瞬だけ目を丸め、そして苦笑いを浮かべた。

「…試して、みたかったのかもね」
「ため、す?」

アレルヤの言葉を刹那は口にする。
それでも、その意味を理解することは叶わなかった。

「そう。僕のこんな手でも、ちゃんと花は咲いてくれるのかぁって、ね。
人を殺して、仲間を手に掛けた僕に、それが、許されるのか…って」

あぁ、同じだ。

「わかってるんだ、こんなことして、花を育てても、別に償いにも何にもならない。
ただの、自己満足。
自分の手で育てられる命もあるんだって、確かめたかったんだね、きっと…」

奪うだけの自分ではないと、そう、どこかで信じていたかった。
今更、どうしようもない。
奪った命がこんなことで戻ってくるわけでもない。
大切な彼女が、目を覚ますわけでもない。

ただ、知りたかった。

こんなにも血にまみれた自分の手でも、創り出すことが、出来ることを。
刹那は何も返さなかった。
否定は嘘になる。
ただ、それを肯定して、自分も同じだと言うには、あまりにおこがましい気がした。
けれど。

「けれど、たぶんお前が育ててなければ、きっとこんな風には咲かなかった」


そう、素直な言葉を口にした。
きっと自分ではこんな風に咲かせることは出来なかっただろう。
否、咲かせることすら出来なかったかもしれない。
それはきっと、彼と自分との違いなのだろうと刹那は思った。
アレルヤは、やさしいから。



「…ありがとう」

喜びが溢れたけれど、それしか口にすることが出来なかった。
そのくらい、嬉しく思った。

少しだけ、許された気がした。
どうか、こんな手の中でも、咲き誇りますように
09.02.09

title by=テオ