悲しいのに、泣くことすらしない。 自己矛盾でいっぱいのあなたへ、 訪れた夜の静けさに、ロックオンは一人身を置いていた。 腰を下ろすソファの前のテーブルには、ウイスキーのロック。 電気すら消されたその空間の中で、カランと、氷が動く音がやけに響く。 ロックオンにいつもの飄々とした顔は見られない。 いつも生き生きとした空色の眼に、光はなかった。 またか、とティエリアは少し呆れ交じりに思う。 階段で下へ降りようとしたとき、彼の耳に氷がぶつかり合う音が入った。 ロックオンが時々ああやって、一人酒を仰ぐのを知っていた。 その時の彼は大抵、静かで、でもすごく、荒々しい。 正体のわからないどうしようもないやり場のない感情を、酒にぶつけているような、そんな印象だ。 ギシリ、と階段がきしむ。 ロックオンは、そこから顔を動かそうとはしなかった。 「何を、考えている?」 ぽつりと、ティエリアが言う。 ロックオンは、しばらくそれを拾おうとはしなかった。 「…さぁ?なんだろうな」 ようやく、首を動かす。 階段から漏れる電気で微かに見えたロックオンの笑顔は、ひどく歪んでいた。 知っている。 この男は、誰にでも向ける笑顔の下に、ひび割れてぐしゃぐしゃになった感情が存在している。 けれどそれを誰かにぶつけるようなことは絶対にしない。 独りで溜め込んで、独りでぶつけ合う。 誰にでも心を開いているように見せかけて、実は誰にも心を開かない。 それは、彼がガンダムマイスターに選ばれてから今に至るまで、変わる事はなかった。 優しいことを壁にして、誰も入り込めないようにしている。 ティエリアはつかつかとロックオンの元に足を運び、そして、テーブルに置いてあったウイスキーのグラスをひったくった。 これに驚いたのはロックオンだ。 いつもティエリアは呆れたような顔だけして、何も言わない。 今日も、そうだと思っていた。 「貴方は愚かだ」 静かに、そう言った。 「そんなこと知ってるよ」そう、言いたげに、ロックオンは口元を歪ませた。 「独りで溜め込み続けて独りで処理して、それで何になる? 独りで酒を仰いで独りで考え続けて、そうしてどうにもならなくなったら、貴方は、どこへ行く気だ?」 たぶん、当たっている。 きっと彼は何の躊躇いもなく、皆の前から姿を消すのだろう。 ロックオンは何も言わなかった。 否定する必要もなかったからだ。 ロックオンを蝕んでいるのは、矛盾だった。 やさしい(やさしくない) 叫びたい(叫べない) 振り返りたい(振り返れない) 憎みたい(憎むことなんか 出来やしない) どうしようもない矛盾が彼を蝕んで、夜の孤独に導くのだ。 「貴方が過去のことに囚われるのは勝手だ。 だが…周りのことを、考えろ。 貴方が撒き散らした優しさのせいで、皆、貴方がいなくては成立しなくなっている」 刹那も、フェルトも、そして、自分も。 「僕も、刹那も、アレルヤも、貴方が思ってるほど、弱くない。 だから、叫びたいのなら、叫べばいい。ぶつけたいなら、ぶつければいい。 …少なくとも、気付いたらどこかへ行かれるよりは、ずっと、マシです」 ロックオンは、しばらく目を丸めていた。 かと思うと、急に吹き出し、くつくつと肩を揺らし始めた。 それに面食らったのがティエリアだ。 「…馬鹿にしているのか、貴方は」 「いや、悪い悪い。なんつーか…うん、 お前って、いいヤツだよなぁ」 そう言って、笑った。 それは、いつもの彼の笑顔だった。 「……そんなこと言うようであればこの酒はもう不要なのだな」 躊躇なく、グラスに入った酒をキッチンのシンクに流した。 それに「もったいない」と非難の声を上げたのはロックオンだ。 「…ロックオン」 顔をキッチンに向けたまま、ティエリアが彼の名を呼んだ。 「一つだけ、約束しろ。 勝手に、僕等を置いていなくなったりしない、と」 ロックオンは一瞬だけ目を丸めて、それからすぐそれを細めた。 「あぁ、大丈夫、だよ」 だって、一人でも欠けたら僕等は成立しないのだから 09.01.29 title by=テオ |