世界は変わったのに 君と僕は何一つ変われない 少しくらい呪ったっていいだろう?(これだけ非情な世界だもの) 雪のちらつく日が少なくなり、日差しもだんだんと暖かくなってきていた。 アレルヤは、一人キッチンに立ち、黙々と作業を続ける。 そんな彼に、ロックオンがやたらに嬉しそうに声を掛ける。 「お、今日はパウンドケーキ?いいねぇ」 「あ、ダメだよこれは!」 そう言って、ケーキを避け、つまみ食いしようと伸びて来た手から守る。 そんな彼の行動に、ロックオンは心底残念そうな顔を見せた。 「え〜じゃあ俺らのは?」 「ちゃんとあるよ。だから、こっちはダメ」 アレルヤは、持っているケーキを一旦置き、戸棚にしまっておいたもう一つのパウンドケーキを取り出す。 「おっさすがアレルヤ。今日はこれでお茶だな」 「僕は出掛けるから、それ三人で食べてね」 ロックオンは渡されたパウンドケーキを嬉しそうに見たが、アレルヤの何気なく発したその言葉に、思わず表情を失くす。 「…アレルヤ。…お前、大丈夫、か?」 脈絡のない、でもどこか的を得た言葉に、アレルヤの手がぴたりと止まる。 表情は、背を向けられているせいで見えなかった。 少しの間沈黙が続くと、アレルヤは、ロックオンの方を向いた。 「大丈夫。大丈夫だよ、僕は」 その顔は、笑っていた。 笑っているように、見えた。 地下鉄とバスを乗り継ぎ、アレルヤは静かな住宅街へと足を運ぶ。 別段迷う様子もなく、ただ目的の家へと向かった。 手には、家で焼いてきたパウンドケーキがあった。 たどり着いたその家のチャイムを鳴らしてしばらく待つと、玄関の扉がゆっくりと開いた。 「やぁ、よく来たね」 やさしく笑いかけるその人に、アレルヤも笑顔を作った。 「お邪魔します、セルゲイさん」 「マリー、久しぶりだね」 「この間こっちじゃすごく雪が積もったんだ。もう春も近いのにね。 君のとこは…そんなひどくなくてよかった」 「あ、今日はパウンドケーキを作って来たんだよ。あとでスミルノフさんと食べてね」 アレルヤは、ただ目の前にいる愛しい少女に語り続けた。 来るまでに起きたこと。外の天気。日常。 自身の身の回りに起きたことを、隅々まで語った。 目の前の少女は、頷くことも、ましてや、返事をすることもなかった。 ただその目を閉じ、息をしているだけ、だった。 少女に繋がれた、命を繋ぐ管が、ひどく痛々しかった。 アレルヤがセルゲイ・スミルノフからそのことを聞かされたのは、プトレマイオスが掃討作戦から生き延び、しばらく経ってからだった。 どうやって連絡手段を知りえたのかはわからない。 彼女との関係を、どうして知っているのかは、わからない。 ただ、その事実を、アレルヤはスメラギから聞かされた。 「ソーマ・ピーリスが倒れた。医者の見立てでは、目覚める可能性は、ゼロに近い」 過度の脳量子派の影響か、それとも戦闘でどこかを痛めたか。 キュリオスのモニターから見た彼女は、どこもおかしいところなどなかったように見えたのに。 彼女の存在を知っていた自分の片割れも、今は呼びかけてももう返事はしてくれない。 何故、とアレルヤは思わずにはいられなかった。 何故、自分ではなく、彼女が。 罰を受けるのは自分のはずだろう。 彼女ではない。 否、だからこそ、なのか。 自分の代わりに、彼女がこんな状態になることで、それが罰だと、言いたいのだろうか。 彼女のつけてくれた神に感謝を告げるこの名が、ひどく滑稽に思えてならなかった。 「マリー…。来る前にね、ロックオンに、『大丈夫か』って、聞かれちゃったよ」 彼には、いや、彼だけでなく、刹那やティエリアにも、このことは話してはいなかった。 知っているのは、スメラギだけだ。 その彼が、自分に大丈夫かと、問うた。 たぶん察してしまったのだろう、何かはあると。彼は元々スナイパーで、洞察力には優れている。 何より、他人を気にする。 「…僕は、大丈夫だよ。だってマリー、君が、生きていて、くれるから」 あぁ 「ねぇマリー…」 神様 「どうしたら、起きてくれる?」 祈ったって、貴方は何もしてはくれないのですね 行きと同じように電車とバスを乗り継いで、帰路に着く。 街中でせわしなく動き続ける人たちを、アレルヤはどこか遠い目で見ていた。 世界も人も動いているのに。 自分の時間だけが、止まっているようだった。 見慣れた静かな町に着いた頃には、すっかり日が落ちていた。 自身が身を置く家が視界に入るようになると、アレルヤはその目を丸めた。 四人の中では一番に年少の彼が、玄関の前に座り込んでいたからだ。 「刹那…」 そう呟くように彼の名を言うと、刹那は立ち上がった。 それが合図になったように、彼の真後ろの扉が開き、ロックオンが顔を覗かせた。 「おー、遅かったなアレルヤ」 「刹那…どうしたの?」 何か悪さでもしたのだろうか。 そんな風にも考えてしまった。 「いや、アレルヤの帰りが遅いってんでさ、コイツ玄関で待ってるって聞かなくて」 寒いのによ、とロックオンは呆れたように付け足した。 アレルヤは、そのことにまた目を丸める。 こんな寒い中、わざわざ自分のことを待っていてくれたことが、驚きだった。 たぶん、ずいぶん長いこと待ったのだろう。刹那の頬は、寒さで赤くなっていた。 「アレルヤ」 呼ばれ、目線を合わせる。 「おかえり」 その言葉に、水をなくした土のような自分の心が、じわりと蘇った気がした。 不思議だった。彼は、笑ってもなく、ただ自分をまっすぐ見つめているだけなのに。 心配をしてくれていたのだろう。 そのことが、ひどく嬉しかった。 「ただいま」 心から、その顔をほころばせた。 待っていてくれて、ありがとう。 あぁ世界は、冷たいのに、どこかあたたかい 09.01.18 title by=テオ |