世界がもし、白と黒の、二色しか、存在しなかったら



真白の世界




その日は朝早くから雪の予報で、目が覚めたときにはもう、辺りは見事なまでの銀世界だった。
四人が住んでいるその町は北寄りで、夏は比較的涼しく過ごしやすいが、冬は時期になれば遠慮なく雪を降らせた。
この場所に移り住んで、初めての冬だった。


「あれ、刹那は?」

姿の見えない少年を不思議に思い、アレルヤが誰ともなく問いかける。

「あぁ、外」

リビングのソファで本を読みながらくつろいでいるロックオンが、短く応えた。

「え…外って…雪、降ってるけど」
「大丈夫だよ、ちゃんと上着は着せた」

呆れた様子のアレルヤとは反対に、ロックオンは平然と応える。

「雪を見て喜ぶなんて、犬ですか、彼は」

ティエリアもアレルヤ同様の反応だった。
そんな二人に、ロックオンは苦笑する。

「仕方ないさ。あいつ中東の生まれなんだし。たぶん、初めてなんだろ、雪ってもんがさ」


ロックオンの言う通りだった。
中東の渇いた大地で生まれ育った刹那にとって、雪は無縁と言っていいほどの存在だった。
夜になれば北国にも劣らない寒さをもたらしたが、そこに銀世界は生まれなかった。
だからこの地に住み着いて初めての冬。
刹那は、産まれて初めて、白に染まった世界を目にした。



アレルヤ達の呆れを他所に、刹那はただ黙って降り続ける白を見つめていた。
白という色は知っていた。
けれど、空がもたらす白は、雲だけだと思っていた。
その雲だって、空を覆いつくすときは、決まって灰色だ。
だから、ここまで白く白く大地を染め上げるものを、刹那は知らなかった。

何もない、世界。
木々の緑も、土の茶も、石の灰も、すべてが無に返っていた。
すべてが、なかったことになっていた。
自分の故郷にも、これがあったら、すべてなかったことに、出来るのだろうか。
自分にもこれが降り積もったら、無に還ることが、出来るだろうか。
刹那は、ぼんやりとそんなことを考えた。


「刹那」

自分の頭にすら積もった雪も省みず白く染まった世界を眺め続けた刹那に、やさしく声が掛かる。
刹那の視界は、今だ真っ白のままだ。
そんな彼を見て、ロックオンが苦笑する。

「全く、頭に雪積もらせて。そのうち雪だるまになるぞ、お前さん」

そう言って、柔らかい黒髪についた白を払い落としてやる。
そこでようやく、刹那の視線が動いた。
映ったのは、大地と、空の色。
それがわかったときにはもう、大きな両手が頬に触れられていた。

「あーぁ、こんなに冷たくなって。風邪引いても知らないぞ」

呆れたように笑う。
触れられた手がひどく熱く感じたから、相当自分の頬は冷たくなっているんだろう。
とても心地よい、熱さだった。

「アレルヤがココア入れてくれてるから、もう雪見はお仕舞い」

そう言って、くしゃくしゃと刹那の猫っ毛を撫でる。
家の中に入ろうとした刹那の視界に、土の茶色が入る。
ロックオンが来たことで踏まれ、そこはもう、白で覆われてはいなかった。

無理なのだ、と、ふいに思った。
何もないこの白を、積もらせ続けることは、と。
人はきっと何もない白にはなれない
09.01.08