沈黙、それを心地よく感じたならば −刹那とアレルヤ−
「買出し、ですか」
「そ。今度貴方と刹那のオフがちょうど重なるから、行って来てほしいのよ」
「わかりました、いいですよ」

「助かるわ」とそう言って、スメラギはリストを書き出した紙をアレルヤに渡した。
なかなか長い。
食料品の他にも、個人で頼んでいるのもそれなりにある。
やはり長い宇宙生活を強いられると、必要な品も各々増えるようだ。
ショッピングモールにやって来たアレルヤと刹那は、リストに従って店を回っていた。
その日は休日ともあって、多くの人がショッピングモールにやって来ていた。

「すごい人だね。刹那、はぐれないように気をつけてね」
「了解」

ミッションでないのだが機械的に返事をする刹那に、アレルヤは少し苦笑いをした。

思えばこの子どもと二人で行動したのは初めてかもしれない。
ミッションは大抵の場合ティエリアと組んでいるし、刹那と一緒にするのといえば四人一緒のものがほとんどだ。
だから、アレルヤにとって今のこの時間は少し新鮮だった。


刹那がまだ組織に入ったばかりの頃は、それこそ彼はまともな会話も出来ないくらいに警戒心が剥き出しの状態だった。
訓練を重ね、共に過ごす時間が増えていって、ようやく、今のような落ち着いた状態にまでなっている。
秘匿義務故に刹那の過去はアレルヤも知らないが、きっと、過酷なものだったのだと想像が付く。
生死の境を彷徨ったアレルヤは、どことなく刹那の感情が理解出来た。


買出しを始めて二時間程経ち、リストに書かれたものはほとんど手に入れた。

「はい」

アレルヤが刹那にジュースの入ったカップを手渡す。
刹那は黙ってそれを受け取った。
ようやく一息、という感じで、アレルヤは刹那同様噴水の縁に腰を下ろした。
ショッピングモールの中央に位置する広場では、家族連れやカップル等、多くの人が足を休めていた。

「すごい人だね」
「…」
「みんな何買ってるんだろう」
「…」
「でもここ色んなお店があるから、楽しいね」
「…」
「今度四人で来てみようか」
「…」

「…」
「…」

所謂会話のキャッチボールは一切ない。
一方的にアレルヤが話すだけだ。
けれどアレルヤ自身、特に気にはならなかった。
この子どもと一緒のときは大抵そうだからだ。
刹那がどう思っているかはわからないが、アレルヤはこの一方的な会話は苦ではなかった。
たぶん聞いてくれているのだろうな、と勝手に解釈している。

ちらり、と刹那の方を見る。
ある一点をずっと見ていて、アレルヤもそちらに視線を動かした。

そこには、小さな男の子と両親という、典型的な家族がいた。
とても仲睦まじそうだ。笑顔が絶えない。

思うところがあるのだろうな、と思う。
自分は親の顔どころか年少期の記憶すら全くと言っていいほどない。
けれど刹那はあるのだろう。
両親の顔も、きっとまだ記憶の中にあるのだろう。
刹那の両親がどうしているとか、どうなったとか、そういったことはまるで知らない。
だから想像しようもない。
でも刹那の表情は、いつもの無表情の中に、どこか哀愁のようなものが漂っていた。
だから、「何か」はあるのだろうな、と思う。


「家族連れ、多いね」
「…」
「やっぱり一人で来るより、みんなで来たほうが楽しいもんね」
「……」
「今度やっぱりみんなで来ようか。色んなところ回ってみようよ」
「……」

「……」
「……」

アレルヤが話すのを止めれば必然的に沈黙が生まれた。

アレルヤは刹那との沈黙が嫌いではなかった。
きっと彼は彼なりに色んなことを考えているのだろうな、と思えるから。


「たぶん」

ぽそりと刹那が発した言葉に、アレルヤは気付いた。
刹那の方を見る。
彼の視線は自身の足元のようだ。

「たぶん、四人で来たりしたら、おかしい」

その意味をしばらく考える。
それでようやく、いい大人男四人でこんな場所に足を運ぶその光景は、傍から見たら変であること
極まりない、ということなのだろう。
想像してみて、アレルヤは苦笑いをした。

「…確かにね」
「でも」
「ん?」

「たまには、悪くない」

刹那はそう言って、立ち上がった。
少し離れた所にあるゴミ箱に、空いたカップを捨てていた。


「悪くない」

そう言った彼の表情はやっぱり無表情だった。
けれど、そんな言葉を言ってくれたことが、何より嬉しくて、アレルヤは顔を綻ばせた。
09.05.26

title by=テオ