貴方が、しあわせでありますように
この蕾が咲いてそして枯れても、ぼくはきみの傍にいたい−11−
「刹那」

格納庫で出撃の準備をする刹那に声を掛けたのはフェルトだった。
最後の戦闘になるであろうときの前にフェルトに会えた事は、刹那にとっても喜びだった。

「ちゃんと、帰って来てね」
「あぁ」
「待ってるから」
「あぁ」

拙い会話。
それでも、充分だった。

フェルトは、その腕を伸ばして、刹那の背中に回した。
刹那は一瞬だけ驚いたが、その腕の温かさに目を細め、同じようにフェルトの背中に腕を伸ばした。

「忘れないで、刹那。わたしもロックオンもライルも、みんな、貴方が幸せになることを祈ってる」
「…ありがとう」

するりと、ほぼ二人同時にその腕を解く。
後はもう、何も言わなかった。
視線を合わせ、頷く。
刹那はそのまま、ダブルオーのコックピットへ向かった。
フェルトはその姿をずっと見ていた。

ただ刹那のしあわせを、願った。
戦闘は予想通り激しいものになった。
イノベイター側の戦力こそ落ちているものの、特攻兵器が容赦なくプトレマイオスを襲った。
艦体が揺れるたびに、ブリッジで悲鳴に似たものが上がった。

「船体左舷及び下部コンテナ損傷!」

フェルトが張り詰めた声で言う。
スメラギは、ただ唇を噛み締めた。
刹那に頼るわけにはいかない。彼女も今、戦っている。
だがこのままでは、確実に艦は墜ちる。
誰もそのことを口にしなかったが、誰もがその事実に気付いていた。

「フェルト」

スメラギが、どこか落ち着き払った声でフェルトを呼んだ。
スメラギは視線を送るだけだったが、フェルトはその意図を理解し、こくりと、黙って頷いた。

「お願いね」

艦体がまた揺れた。
もう動力部まで達してしまっているかもしれない。
フェルトは立ち上がり、ブリッジの後方で座っている沙慈の元へ足を運んだ。

「沙慈、来て」
「え、でも…」
「いいから、来て」

フェルトの有無を言わさない視線に、沙慈は戸惑いながらも立ち上がった。
沙慈とてその異常に気付かないほどではなかった。
戦闘中、それも、劣勢の時にオペレーターを一人立たせるなど、普通はしない。
だが、歯向かってまでブリッジに残る理由も、沙慈には見つからなかった。

激しく揺れ続ける艦内の通路を渡り続け、フェルトが一つのスライドドアの前に立つ。
ロックを解除して現れた脱出用のコンテナを見て、沙慈は顔色を変えた。

「乗って」
「けど…!」
「このままじゃ沙慈も巻き込まれてしまうから。沙慈は、元々ソレスタルビーイングの人間じゃないから」
「だったらみんな一緒に!」

沙慈の言葉に、フェルトはふるふると頭を振った。

「わたし達は、ここを離れるわけにはいかない。刹那がまだ戦ってるもの」
「そんな…!」

沙慈は、心のどこかで落胆していた。
結局、自分は部外者なのだと。
散々世話になり、助けてもらいながらも、結局は被保護者でしかない。
最大の気遣いと優しさであることは理解している。
けれどそれでも、戦いからは一線を敷かれている自身を恨めしく思った。

「沙慈は、生きなきゃ」

フェルトの言葉に、沙慈は顔を上げた。

「だって大切な人が守ってくれた命なんだもの。ちゃんと生きなきゃ、その人に悪い。
生きて、沙慈。その人の分も」
「フェルト、さん…」

自分を庇って逝ってしまった彼女。
その命を、背負っているのだ、自分は。

「行って。早くしないと脱出出来なくなる」

沙慈を半ば強制的にコンテナに押しやる。
扉も、外から閉めた。

「フェルトさん…!」
「生きてね、沙慈。よかったらわたし達のこと、覚えてて」

コンテナから離れてパネルを操作し、エンジンを掛けた。
沙慈がドア越しに何かを叫んでいたが、もう、聞こえなかった。
コンテナが無事に発射されたのを確認して、部屋を出た。
とん、と通路の壁にもたれた。

「ごめんね、刹那。帰って来るところ、なくなっちゃう」

ぽつりと、戦っているであろう彼女に、謝った。

出迎えてあげたかった。
彼女を支えてあげたかった。
けれどきっと、それは叶わない。

最期にもう一度だけ、彼女のしあわせを願った。
ダブルオーはほとんど原型を留めていなかった。
右脚はもげ、左腕も落ちている。
オーライザーは、片翼がなかった。
それでも刹那は機体を動かし続けた。
自分にはまだ帰る場所があるのだと、それだけを思って。

だがその時、後方で何かが大きく爆発したことに気付いた。
センサーには、ほんの少し前まであった母艦の表示が消えていた。

動きが止まったところに隙を付かれ、左脚も落とされた。

だが刹那は気に止めなかった。

ただ叫んだ。
還る場所がなくなったことへの悲しみと怒りをぶつけた。
自分には何も残ってない。
愛しい二人も、大切な仲間も。

だったらもう、これで終わりでいい。


ビームサーベルを敵のガンダムのコックピットに突き立て、その全てを終わらせた。
『せつな』


二人の優しい声が、頭の中で響いた。
(もう、会いに行っても許される?)
09.03.28

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若干尻切れですがこのまま「手を繋いで〜」に続くので、ここで終わりです。
思いの他長くなりました。
でもきちんと書けてよかったです。
ここまで読んでくださり、ほんとうにありがとうございました!