感情が面倒だ。
馴れ合いも面倒だ。

なのにどうして、胸の辺りが空洞なのだろう
この世界を一足飛び越えた場所で
世界は変わって行った。
目に見えるものも、見えないものも。大きいものも、小さいものも。国も、人も。
様々であるが、確実に変革を見せていた。

それは世界へ変革を促している存在そのものであるソレスタルビーイングの、その最前線のプトレマイオスの
内部でも同様であった。
トリニティとの交戦後、地上で待機したままであったマイスター三人に、プトレマイオスから帰還命令が入った。
エクシア・デュナメス・ヴァーチェの三機は宇宙へと上がり、プトレマイオスに着艦した。
その間、敵軍が攻めて来ることも、新たなミッションが急に入って来ることもなかった。
不本意に暴かれた事実が静かに横たわったままだったが、それが再び姿を現すこともなく、何事もなくガンダム三機は
母艦へと着いたのだった。
三機の着艦後も、特にセンサーに敵機が感知されることはなく、少しの間だけであるが、プトレマイオスには静けさが
戻っていた。

しかし、ティエリア・アーデの胸の内だけはそれとは正反対だった。
少し前から、穏やかでない感情が存在していて、それは言葉に表すなら苛立ちに近かった。

それは、"人間"によってもたらされるものだった。
もっと切り詰めて言うならば、同じマイスターである"刹那・F・セイエイ"によってもたらされているものだった。
だから余計に、ティエリアの中の苛立ちは色を濃くしていた。
ティエリアにとってそれまでの"人間"という存在は、感情的で、衝動的で、欲深く利己的で愚かしい生き物だった。
信頼を装って平気で裏切る。嘘を吐く。画策する。
だからこそ24世紀になった今でも、馬鹿の一つ覚えのように争いを続けているのだ。
ソレスタルビーイングの掲げる紛争根絶という理念を現実のものにする上で、そういった"人間らしさ"は一切不要だった。
必要なのは、計画への忠実さと、そしてそれを実現化させるだけの実力だ。

そういった意味では、刹那・F・セイエイはいい意味でも悪い意味でも"人間らしさ"を持ち合わせていなかった。
マイスターに相応しいかと言えば、それは口を噤みたくなるのだが。
それでも彼の計画に対する、曲がることのない忠実さはティエリア自身も頷くものがあって、そこに不要だとされる
"人間らしさ"が感じられることはなかったから、余計な気を回す必要はなかった。

それなのに、どうしたことだろう。

ここ最近の刹那については、以前にはなかった"人間らしさ"が垣間見えるようになっている。
しかもその"人間らしさ"とは、ティエリアが理解していたようなものと正反対の、柔らかさや丸さを感じるのだから、
ティエリアは自分がどうにかなったのではないかと最初混乱した。
だって、相手は"あの"刹那・F・セイエイだ。
表情に乏しく、必要なことは話さず、協調性の欠片も見せないような、そんな人間だ。
新たなマイスターとして紹介された時の、周りの人間を全て敵視するような目を、未だに覚えている。
だが、それが今はどこにも見られない。

しかしそれは、当然と言えば当然のことなのだ。
何故なら彼は元々人間だ。
ティエリアが感じた丸みのある"人間らしさ"を刹那が帯び始めたのは、彼が比較的感情豊かなプトレマイオスの
クルー達と触れ合うことによって表れたのだろう。
そのことにおかしいことは何も、どこにもないのだ。

言ってしまえば、おかしいのは自分の方なのだ。
人間はどこまでも人間だ。いくら文明が進化してもそれは変えようのない事実だ。
西暦が2300年経ったとしても、その本質が今さら変わるものでもない。
だから、仮に自分が考えていたものと違う"人間らしさ"がこの世にあったとしても、それで人間が争いを止めるの
だったらとっくに紛争なんか止んでいる。
だから、結局どこまで行っても"人間らしさ"なんてものは、不必要で、愚かしいものなのだ。
そこに惑わされる方が、どうかしているのだ。

そう、わかっているのに、どこか柔らかなその"人間らしさ"を、嫌なものだと感じなかった。
くだらないと考えていたものが、悪くないと思ってしまった。

しかも困ったことに、ティエリアの中の戸惑いはそれだけに止まらなかった。

その丸みのある"人間らしさ"がこの世に存在するとして、それを刹那に感じるようになったとして、それでどうして
自分のこの胸の内に重く沈んだ感覚が落ち、それがじりじりと胸の中を焦がしていくのか。
その感覚が今までになかったもので、正体がわからなくて、ティエリアは余計に苛立ちと戸惑いを募らせていったのだった。
胸の中の焦燥感を抱えたまま、艦内での時間が流れていた。
気を紛らわそうかとシュミレーションにも取り組んでみたが、思ったような動きが出来ず逆効果になった。

移動バーに掴まり艦内の通路を渡る間も、ティエリアの胸の中で燻るような感情は収まってはくれなかった。
ぐるぐると、沸々と。外に出す方法もわからずに、ずっと胸の中でどろどろしたものが巡り巡っているような感覚が
ひどく気持ち悪い。


"人間"とは何だ。
愚かな存在ではないのか。
"人間らしさ"なんてものは、くだらないものではないのか。
繋がりも馴れ合いも必要ない。

それなのに、何故それを悪くないと思う感情が存在するのか。

どうしてそのことを考えると、気持ちが重くなってしまうのか。



「ティエリア・アーデ」

ぴたりと、ティエリアは動きを止めた。
バーから手を離し、床に静かに足を付く。
振り返らなかった。
それが他の人間だったら、今の状態でも別にどうということはなかったかもしれない。

よりにもよって声を掛けてきたのが刹那だったものだから、元々穏やかでないティエリアの胸中はさらに穏やか
でなくなった。

「…なんだ」

どうにか平然を装って返事をしたが、やはり刹那には背を向けたままだった。
顔を彼の方に向ける気がどうしても起きず、頭が何かに固定されているような気分にすらなった。

刹那が何か言おうと口を開いたのが微かな息遣いでわかった。
しかし、耳に届いたのは彼のとは別の声だった。

「おーぅ、刹那、ティエリアー」

飄々としたその声に、ティエリアの緊張感にも似た空気はほんの少しだけ解けたが、それは本当にほんの一瞬だけだった。
それまでとは別の、言ってしまえばもっと重苦しいものがずしりとティエリアの胸に落ちた。
背後で床に足を付く音が二人分したから、ロックオンだけでなくアレルヤもいるのだとわかったが、それはティエリアの
今の感情に拍車をかけるだけだった。

「なんだ」

刹那が口を開くと、ますますそれが形を成した。
抱えきれないような感情が、ざわざわと胸の中で騒ぎ立ててひどく気分が悪かった。

「一緒にご飯食べよう?せっかく時間あるからさ、四人で食べようよ」

アレルヤが穏やかにそう言う。
ずくりと、ティエリアは自分の心臓が重く動いたのがわかった。
正体のわからない痛みだった。
痛みと同時に、焦りのような感覚も生まれ始めていた。
自分が何を考え何を感じ取っているのか、ティエリアには全くわからなかった。

「別に、構わない」

刹那の誘いを受ける言葉で、ずくりずくりと痛みが増した。
胸がえぐられるような感覚だった。
何故こんなものが自分に起きているのか全くわからず、けれどそれが"人間"によるもので、ひいては
"刹那・F・セイエイ"によってもたらされているものだということはわかった。
わかったからこそ、ティエリアの中で苛立ちがふつりふつりと沸いていた。

何故こんな感情を自分が持たなければならない。
何故よりにもよって彼によってこんなものを感じなければならない。

様々なものが織り交ざりごちゃごちゃになって、ティエリアは自分が自分で今何を感じているのかが
わからなかった。

少し待ってくれ、と後ろで刹那が言ったのが小さく耳に届いたが、すぐに反対の耳から抜けた。

「ティエリア・アーデ」

その声を拾う耳すらも痛みを感じた。


結局、同じではないのだ。
どんなに"人間らしさ"を持ち合わせない刹那・F・セイエイでも、結局人間であることに変わりはないのだ。
それは事実であり、どう足掻いても変わらないことだ。

それは、自分が人間ではないということとイコールなのだ。

同じ艦に乗る人間と馴れ合いを好まないことも、感情的な部分があまり秀でないことも、ぽつりぽつりと
刹那との共通点があることは、ティエリア自身理解していた。
それを素直に受け入れられるかという点は、また別の話になるのだが。

だがどんなに似通っていても、同じ部分を持ち合わせても、結局、同じではないのだ。
彼は「あちら側」に行ける。
自分は、行けない。

「スメラギ・李・ノリエガから頼まれた。これを、」

結局、一緒ではないのだ。

「…っ触るな!!」

乾いた音が通路に響き、半重力の中にデータスティックが浮遊した。
ティエリアの手に、どこか生々しい感触が残り、それが余計に胸を焦らした。
半重力の空間にもう一つ浮遊するものを見つけた。

赤かった。
赤い、赤い、血。

刹那が小さく顔を歪めていた。
彼の手から、赤い液体が漏れ出ていた。
大した量ではなかった。ほんの小さな血の滴が、通路に浮いていた。
けれど、それはティエリアの胸をえぐるのに充分な量だった。

それは確かな証拠だった。
真っ赤な血。彼の、刹那・F・セイエイの中を流れる命の水。

彼が人間だという、紛れもない、証。


ティエリアは何も言わず、ただ何かに追われるようにして踵を返した。
逃げたかった。
何からだ?
自分は何故、こんなにも追い込まれている?
頭の中がひどくぐしゃぐしゃだった。
刹那の痛みに歪んだ顔と、浮遊する血が交互に浮かんでは消えた。
普段は落ち着く半重力が、今だけは思うように早く動けなくて憎たらしかった。
ティエリアがようやく床に足を付けたのは、ラウンジだった。
正確には、行き止まりになってしまったから立ち止まらざるを得なかった。
頭の中も胸の内も、やはりまだぐしゃぐしゃにひしゃげたままだった。
心臓がやけに重く鼓動を打っていて、煩わしかった。

「ティエリア」

とん、と床に足を付けて、ティエリアの横に立った。ロックオンだった。
ティエリアは顔を上げなかった。
声色や雰囲気から、決してティエリアを責めるつもりでないのがわかったが、それでもティエリアは
顔を彼の方に向けなかった。
あの、何もかも見透かしているような眼を、今は見たくなかった。

「どうしたよ、お前さん。何かあったか?刹那とまた喧嘩でもしたのか?」

決して責めることなく。優しくすくい上げるような口調。
それはティエリアの胸の内をまた小さくざわつかせた。

この男だって同じだ。
どんなに柔らかな声を出しても。どんなに優しげに自分に接しても。
結局、刹那と同じ存在。

「貴方は…もう許したのか」

絞り出すように、少し震えた声でそう言った。
ロックオンは、小首を傾げていた。ティエリアの言わんとしていることがよくわからないようだった。
正直な話、ティエリア自身も何故こんなことを口走っているのかわからなかった。
ただ、知りたかったのはあった。

「憎かったはずでは…許せなかったはずではないのか。
家族の仇で、最も許しがたい存在だったはずなのに…何故、撃たなかった」

それはつい先日のことだ。
トリニティが覗き、示した事実は確実に何かを壊した。
彼は憎しみを真っ直ぐ突き付けた。
それは紛れもなく人間の真実の姿だった。
憎い。許せない。だから、殺して、壊して、そうして自分を守る。
止めようと声を上げながらも、心のどこかで自分がやるべきことは何もないと思った。
もう、崩壊しかないのだと思った。

それなのに。
憎しみは空を切って少年の黒い髪を掠めただけだった。
崩壊は起こらなかった。

「ありがとう」とぎこちない笑みを浮かべて、それを見て彼も声を上げて笑った。

あの時はただ目の前の現実に納得するしかなかった。
これが"人間"
だがそれはティエリアの中で徐々に燻りを見せ始めた。
あれが人間の姿だというなら、では何故争いは収まらないのか。
あんな風に罪を受け止められるのが人間なら、何故自分達はこんな風に動かなければならないのか。
燻りはジリジリとティエリアの胸を焦がし続けた。


とん、とロックオンは床を蹴った。
そうして、ラウンジのバーに手を付いてティエリアに向かい合う形を取った。
ティエリアの視界には、自由に泳がせている彼の足が入った。

「許したのかどうかっていう話になると、わかんねぇなぁ」

ゆるりと発せられる言葉に、ティエリアが思わず顔を上げた。
てっきり「許した」という答えが返って来ると思っていたものだから、虚を付かれた。
ロックオンは、天井を仰いでうっすら笑っているようだった。

「やっぱりテロは憎いし、KPSAだって許せねぇし。ってなるとそこにいた刹那も許せないってことになるんだよなぁ」
「…だが貴方は撃たなかった…」
「そうだな、撃たなかった」
「……何故だ」

ロックオンは少し考え込むと、また薄っすら笑った。
ティエリアにはその意味がわからなかった。

「敵わねぇなぁって、思っちまったからだなぁ」

ティエリアは目を見開いたが、ロックオンはそのまま続けた。

「アイツさ、いい意味でも悪い意味でも真っ直ぐすぎんだよ。
最終的に世界が変われば、紛争が根絶出来ればそれでいいって、それで自分がどうなろうと構わないって思ってる。
…なんかそれがさ、あんまりにでかくて強くて、負けたなって思った」

あるだろ?そういう時、とロックオンが言う。
ティエリアにも、思い当たる節はあった。
刹那・F・セイエイは、おそらく何にも敵わないような意志の強さを持っている。
それは、時々目が眩むようなほどに。

ティエリアはロックオンの問いに返事をしなかった。
そうだと認めて言葉にするのが、何だか悔しかった。

「アイツ笑ったろ?『ガンダム馬鹿だ』って言った時。
それ見てさ、あぁやっぱ撃たなくてよかったって、思った。
"人殺し"しなくて、済んだんだって思った。…今さらだけどな。
でも、あんな風に意志が強くて、柔らかく笑えるようになった人間を、殺さずに済んでよかったって、思ったんだよ」

ティエリアは何も答えなかった。
何を言えばいいのかわからなかったとも言える。
胸の奥から熱いものが込み上げるような感覚があって、それは言葉にするには難しすぎた。
それは今まで感じたどの感覚とも違う。けれど、決して嫌だとは思わなかった。
頭の中で、刹那のぎこちない笑みが浮かんだ。

俯いて口を噤んだティエリアの様子に、ロックオンはふ、と小さく笑ったようだった。

「人間てさ、面倒な生き物だよな。感情が複雑で、でも単純で。大なり小なり争いごと起こして。
…でもさ、それが人間なんだよな」

ロックオンの言葉に、ティエリアは顔を上げた。
目を細め柔らかな表情をするロックオンと目が合った。
彼の、何もかも見透かしたような眼だ。
少しツキリと胸が痛んだが、想像していたよりもずっと受け入れやすかった。

「嬉しいことがあったら喜んで、哀しいことがあったら泣いて、腹の立つことがあったら怒る。
人と触れ合って、人間は人間になっていくんだ。
刹那は、その典型だな」

先ほどよりも重く感じる痛みが、ティエリアの胸を襲った。
刹那は人間だという、その、当たり前で変えようのない事実。
理解していたことを他人から言葉にされると、重みが違った。

「ティエリア、お前もだ」

ロックオンがそう言う。
ティエリアは一瞬、彼が何を言っているのかがわからなかった。

同じ?彼と自分が?
だって、自分は人間ではないのに?

ティエリアの困惑を知ってか知らずか、ロックオンは続けた。

「俺から見たらお前さんも十分人間らしくなってるよ。
…まぁ、刹那と同じなんて言ったら、受け入れにくいかもしれねぇけど。
何でもさ、受け入れちまえば案外楽だぜ?」

ティエリアは気付いた。
彼は、知ってる。
ティエリアがどういう存在なのかを。
それを遠回しに言うのは、彼の人間性なのだろうと思った。

「…僕は、違う存在だ」
「…かもな」
「貴方達とは、同じにはなれない…」

言葉にして、ティエリアは胸が痛んだ。

どんなに馴れ合っても、どんなに痛みを共有しても、一緒にはなれない。
もし自分が彼等と同じ状況に陥ったとしても、同じ行動は取れないだろう。
自分はきっと、標準を合わせて引き金を引く。
それが彼等と自分の決定的な違いだ。

「別に、いいんじゃねぇの?」

思いもよらないロックオンの言葉に、ティエリアは目を見開いた。

「そんな大事なことか?それって」
「…な、」
「俺から言わせればさ、存在どうたらなんて二の次だよ。感情とか、行動とかで人間になっていくんであってさ。
…だから例えば、誰かさんが誰かさんに嫉妬してたり、なんてことも、人間の人間たる特権なわけだ」

少し面白そうに、に、と歯を出してロックオンが笑う。
ティエリアは彼の言ったことを理解するまでに少し時間を要した。

嫉妬?誰が、誰に?
彼は感情や行動で人間になっていくと言い、自分を人間らしいと言った。
嫉妬することも人間の特権だと言った。

それはつまり、自分が刹那・F・セイエイに対して、


「…っな、ち、違うっ!僕は別に…っ」

理解した途端、ティエリアに何かとんでもなく大きな爆弾が落ちてきたような衝動が起きた。
身体が、顔が、ひどく熱かった。
慌ててそれを否定しようとしても、どうも上手く行かない。
どうしたことか、今まで胸の中にずっと居座っていたあのもやもやとした感情が一気に姿を消してしまった。
あんなにべっとりと胸に張り付いていたのに。

否定したい気持ちでいっぱいだった。
だが理解してしまった。

あれは、あの戸惑いや苛立ちは、刹那・F・セイエイに対する嫉妬だったのだ


頭を抱えどうにかして認めようとしないティエリアを、ロックオンはくつくつと笑っていた。
それにも腹が立ってきた。

「言ったろ?お前さん十分人間だって」
「…っ」

石があったらこの男の頭に投げ付けてしまいたい。
湧き出る恥ずかしさを発散させたくて、ティエリアはそんなことを思った。

まさか自分が刹那・F・セイエイに対して嫉妬を覚えることになるとは思わなかった。
しかも、その感情の名前すらわからなかったのだ。
ティエリアにとっては、羞恥心が二倍になって襲い掛かった。

「もう一つ、いいこと教えてやろうか」
「…もう結構です」
「まぁ聞けって。もう一個あんだよ。人間の、特権」

ロックオンはそう言って、笑った。
「…刹那・F・セイエイ」

食堂でアレルヤと並んで座っていた刹那に、声を掛けた。
その声が少し震えていたのには、気付かないふりをした。
刹那の手に傷を治療したあとがあって、アレルヤが施したものだろうと思った。

「なんだ」

刹那はそう短く言った。
ティエリアを責め立てるような感情は、そこにはないようだった。
昔の彼だったら食って掛かっていただろう。
彼は本当に、変わったのだ。
それは、ティエリアに小さく勇気を与えた。

「…すまなかった」

ぽつりと、絞り出すようにそう言った。
それが今のティエリアの限界だった。
食堂の空気が、一瞬だけ止まったことに困惑した。

「…別に、気にしていない。俺も、悪かった」

刹那がそう応えたことで、食堂のどこかおかしな空気は緩まった。

「さぁーてと、腹減ったな。メシ食おうぜ」

入り口で様子を伺っていたロックオンが、そう言って切り替えた。
とん、とロックオンの手がティエリアの肩に乗る。
それは、よくがんばった、と言っているような気がした。
『もう一個あんだよ。人間の、特権』

『それは、言葉を使って相手に感情を伝えることだ』
相変わらず人間は理解しがたい生き物だ。

でもほんの少しだけ、空洞だった胸が満たされた気がした。
10.06.18

title by=テオ


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鹿瀬ツナさま、大っ変にお待たせしました…っ!!
リクエストを受け付けてから半年経ってようやく書き上げることが出来たということ遅筆っぷり…っ。
せっかくリクエストしてくださったのに、申し訳ありませんでした…。
普段マイスターを書かないツケが見事に回ってきました。沈。
しかもロックオンとティエリアばっかでアレルヤもはや空気…。苦笑。
リクエストの中の「ティエリアのちょっとしたミス」というのが本当にちょっとでそれもすみません…。
というよりかは、これミス?みたいな。苦笑。
本当は戦闘中とかで書きたかったのですが、わたしの陳腐な文才では無理でした…。
それをご所望されてましたらほんとうに申し訳ありませんっ。

ですが個人的には、普段思いつかないようなネタで書けて、楽しかったですv
改めまして、リクエストありがとうございました!