同じところを歩いていると思っていた。

いつの間にか君だけが前へ前へ進んでいた。
変わらぬものもあると信じたい
無重力状態のトレミー内を、バー伝いに移動していく。
食堂、居室、ブリーフィングルーム、ラウンジと、様々なところを探したが彼女は見当たらない。
そうなれば、おそらくあそこにしかいない。
腹の空き具合はなかなかのものだ。

扉をくぐり、当たりを付けた格納庫へと入る。
辺りを見回せば、やはり、いた。

「刹那」

どうやら機体の整備中のようだ。
端末に向かっていた視線を動かし、こちらを見てくれる。
床を蹴って彼女のいる元へ向かおうとした。

だが、足が床を離れたのとほぼ同時に、右方向から漂う、整備を手伝っていたハロに思い切り衝突してしまった。
これは、痛い。
眼帯で覆われた視界では、ハロを捉えることが出来なかった。

「〜〜〜ぃってっ」
「大丈夫か」

その様子を見ていた刹那が、逆に俺の元へ来てくれた。
ハロは、「ゴメン、ゴメン」と言いながら格納庫内を漂っている。
うんまぁ、機械だからダメージはないだろう。
赤褐色の瞳が俺の顔を覗き込んで来る。
昔と変わらない光なのに、昔よりもずっと大人びたそれに、不覚にもどきりとする。
ハロと衝突した頭の所に、刹那が手を添えてくる。

「コブにはなっていないようだな」
「平気平気。だいぶよくなった」
「あまり無理するな」

少し変な感じだ。
昔はこんな風に刹那が言葉で他人を気遣ったりすることなんてなかったから。
少しだけくすぐったい。
でも少しだけ、居心地の悪さを感じる。

「用があったんじゃないのか?何だ?」
「あぁそうだ。メシ食いに行こうぜ。そろそろ腹減ったろ?」

ハロとの衝突事故ですっかり頭から抜け落ちていたそれを、刹那に言われ思い出す。
同時に、痛みで飛んだ空腹感も戻ってきていた。

「すまない、これからティエリアとミーティングがある」

刹那はそう言って、無表情だけれどやっぱり申し訳なさそうな顔をした。
けれどそれで簡単には引き下がれない。

「メシはちゃんと食えよ。倒れたら元も子もないだろーが」
「わかっている。だが今は無理だ」

再び口を開いて言葉を発しようとしたのを遮ったのは、刹那の持つ端末の呼び出し音だった。

「俺だ」
『刹那か。今どこにいる?』
「格納庫だ。すぐに行く」

相手はこれからミーティングを控えているのだろう、ティエリアだった。
ここで催促とは、なんともタイミングが悪い。

「悪いなロックオン。食事は一人で取ってくれ」
「あ、おい…っ」

引き止める間もなく、刹那は床を蹴って格納庫を後にした。
俺は、ただその後姿を見るだけしかなかった。
最近、刹那はずっとこんな調子だ。
世界情勢が不安定なせいで、情報収集と今後の戦略について常に動いている。
ヴェーダがない今、それは仕方のないことだろう。
勝手に入って来る情報は今は極僅かだ。
ここ二、三日は一緒に食事を取っていない。
誘っても首を横に振られるのが常になっている。
一緒にいる時間も、一日のうちではほんの一握りだ。


俺はと言えば、そんな彼女の様子に、少なからず戸惑いを感じていたりする。
四年前の彼女は、ただ与えられたミッションをこなして行くだけだった。
今みたいな、積極的に動く様子はほとんど見たことがない。
彼女はこの四年で人間的に大きく成長をしたようだった。
それは喜ばしいことだ。
そう、わかっているのに、それに戸惑いを感じてしまっている自分がいる。
俺の中の刹那はまだ子どもなのだ。
世話を焼かなければならない、色々教えてやらなければならない。
守って、包み込んでやらなければならない。
そんなものがこびり付いて、今の、ひどく大人になった彼女に、当惑しているのだ。

わかっている。
彼女は時間が進むのと同時に成長を重ね、大人になった。
それは決しておかしいことでも、間違いでもない。ごく、当たり前のことだ。
おかしいのは、俺。
いつまでも昔の記憶にしがみ付き、彼女を自分の傍に置こうとしている。
たった四年だ。
けれど、その四年が、大きく俺と刹那を引き離した。

俺は、立ち止まったまま、そこから動けないでいるのだ。
仕方なく一人食堂に向かう。
音もなくスライドするドアをくぐれば、そこには既に先客。

「おぅ、兄さん」

現在の"ロックオン・ストラトス"であり、俺の双子の弟、ライル。
食事のトレイを取り、ライルの向かいに座る。

「どうだ?ケルディム。もう乗り慣れたか?」
「出来のいい兄貴と違ってなかなか乗りこなせません」

皮肉を込めた冗談に、思わず苦笑いをする。

「大丈夫だって。俺だって最初はかなりきつかった」
「そ?ならいーんだけど」

ライルがそう言って小さく笑う。
元々飲み込みは早い方だ。ライルならすぐに乗りこなすことが出来るだろう。
そう、俺よりもずっと、刹那に近い位置にいるようになる。
Aランチのおかずをつつきながら、ふっと、さっき格納庫で感じたのと似た感情が沸いて来る。

今は、ライルが"ロックオン・ストラトス"。
もう俺は機体に乗ることも、宇宙に出ることも出来ない。
きっと少しばかりの無理をすれば可能なのだろうが、おそらく、刹那を含め周りが許さないだろう。
漂ってきたハロにすら気付かなかった時点で、もう致命的なのだ。

今の俺では、到底戦力にはなり得ない。
刹那の隣で戦うことも、出来ない。
世界を変える力すら、残っていない。
なら、今の俺に出来ることは何だ?

刹那は大人になった。
もう保護はいらない。
俺はガンダムには乗れない。
刹那を、皆を守り抜く力も自信もない。

四年という月日が、俺の持っていた全てをそぎ落としてしまったのだと、実感してしまった。

俺は、今、何のためにここにいるのだろう。


「…さん?おーい、兄さーん」

呼ばれ、はっと現実に引き戻される。やばい、トリップしてた。

「あ、悪い…」
「どうかしたのかよ。眉間に皺、寄ってるぜ」

怪訝そうに俺を見るライルの顔は、俺と全く同じ作りだ。
それなのに、違う。
立ち位置も何もかも、今は違うんだ。

「…いいよなぁ、お前は」
「は?」
「うん、いや、うらやましいなって、思ってさ」

俺がそう言えば、ライルは目を丸めた。

「兄さんにそんなこと言われたの初めてだ。いや、マジでどうかした?熱でもあんの?」
「茶化すな。大真面目だよ」
「…何だよ。何かあった?」
「……」

ライルに促され、ぽつりぽつりと、気持ちを吐露した。
情けない、とは少し思う。
でもこんな風に話せるのはきっとライルだけだ。


「なんつーか…考えすぎなんじゃね?」

話し終えると、ライルが少し呆れた口調でそう言う。
「考えすぎ」。
確かに、考えすぎなのだろう。
わかっている。けれど、それで納得出来るほど柔軟な頭でもなかった。

「まぁ、兄さんらしいっちゃ兄さんらしいけど…。昔からそうだもんなぁ」
「…悪かったな」
「いやいや、悪口とかじゃなくてさ」

どう聞いてもよく言っているようには聞こえねぇよ。
そんな視線を送ってやったが、ライルは軽く受け流した。
そして、一呼吸置いて口を開いた。

「なぁ、兄さん。もう少しさ、自信持ってもいいんじゃねぇの?
兄さんには兄さんの、アイツと過ごした時間があるんだから」

刹那と、過ごした時間。
間違いなくそれはある。
大切だと想う気持ちも、月日が作り出したようなものだ。
俺にとって、とてもとても、愛おしいまでの時間。

俺が黙り込んでいると、ライルが少しわざとらしくため息を吐いた。

「ま、あんまり考えすぎないのに越したことはねぇよ。
俺トレーニングの時間だから、行くわ」

そう言って、ライルは食堂を後にした。
一人きりになった食堂で、やっぱりAランチのおかずをつついた。
食堂から持ち出した食事トレイを手に、ドアの前に立ち尽くす。
刹那の、部屋のドアの前で。
どうせ食事を抜くのだろうと踏んで、持ち出したはいいものの、どんな顔をすべきか悩んでいた。
いや、普通でいい。普通でいいのだ。
普通に、「メシ持ってきたから食えよ」って、そう、少し呆れながら言えば、いつも通りだ。
そうだ、行け俺。進め俺。

「刹那、メシ持って来た。いるんだろ?食おうぜ」

ドアの前のコンソールを押して、そう言う。
しばらく返事はなかった。
試しにもう一度呼ぼうとコンソールに手を掛けた。

『開いている。入って来ていい』

パネルを押す直前に、刹那の声がした。
少しそれが、気だるそうに聞こえた。

不安と不審が入り混じりながら部屋に入れば、刹那は、ベッドに仰向けに横になっていた。

「寝てた、か?悪い」
「いや…横になっていただけだ」

その声はやっぱり少し気だるそうだった。

「疲れたか?少しでも寝ないと、身体に悪いだろ」

食事のトレイをデスクに置いて、刹那の側に寄った。
彼女は腕で目を覆い隠すようにして横になっていた。
ベッドの淵に座り、刹那の顔の上にある手に触れた。
彼女の手は昔よりも少し体温が下がったように思えた。


「―――あぁ、」

刹那が、どこか納得したように声を上げた。
その意味がよくわからなくて、顔を覗きこんだ。
刹那は顔の上にあった腕をずらし、視線をこちらに送った。
先ほどの声と同じように、どこか納得したような顔をしていた。

「せつ、」

「やっぱり、お前の隣は落ち着く」


刹那はそう言うと、仰向けにしていた身体を俺の方へ向けてずり動き、より近い位置で横になった。
手は握ったまま。
太ももに触れる彼女の額や顔が少しくすぐっさを感じた。

いやでも、そんな場合じゃあないだろう。
心臓がやけにうるさかった。
初恋のティーンエイジかよっていうくらいだ。
刹那のさっきの言葉が、頭を何度も駆け巡った。

「刹那、」
「動き回ってさすがに疲れたらしい。でも眠れなかった。
でも、お前が来たら落ち着いた。寝れそうだ…」

すらりすらりと、昔は想像も出来なかったくらいに言葉を紡いでいく。

あぁ、どうして気付かなかったんだろうな。
刹那は今もこうして、俺をちゃんと必要としてくれてたのに。
馬鹿だったんだ。
結局、自分の考えに囚われて、自分のことしか考えられなかった。
大切にしなきゃいけないのは他にもたくさんあるのに。


「せつな」
「……」
「寝ちまった、か?」
「……」

小さく、本当に小さく、彼女が眠りに着いた息遣いが耳に届く。

「…ありがとな」
(どうか君の安らげる場所が、いつまでも俺の隣でありますように)
09.09.23

title by=テオ


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ニールさんが刹那馬鹿すぎる10000HITお礼フリーでした。笑。
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